memory refusal,memory violence

記憶熱

 現実が迎えに来た。私は送葉から私に戻る。顔がぎゅっと痛んだ。

 顔が痛くて瞼は重いけど、頭の痛みは若干引いていた。天井を見つめて考える。夢は全部はっきりと覚えていた。膨大な量の夢を一気に見たというのに、夢で見た顔、景色、聞いた音、言葉の全てを思い出すことができた。変なこともあるものだ。

 まるで現実の記憶かのように。夢だというのに怖いほどに鮮明に。

 思い出せないのは一つだけ。私の感情。あの夢は、起伏はあっても、確かに私の理想だった。そのはずなのに、その時、私は何を考えていたのかが予想は出来ても、はっきりと思い出せない。理想なのだから幸福だったはずだ。ただ、心のどこかで疑ってしまう。どう記憶を辿っても確信にまで至らない。心地いい夢だったはずなのに、もどかしくて、苦しい。私は矛盾している。きっと寝起きで頭がまだ冴えないせいだ。私はベッドに寝転がったまま脳が冴えるのを待った。

「あ……」

 送葉。御状送葉。

 なるほど、そういうことか。

 そう思ったところでドアがノックされた。

「あい」

 ドアを開けて入ってきたのは今村さんだ。手にはおぼんを持っていて、その上には病人食の定番であるお粥とポカリが乗っている。四葉に来てからずっと思っていたが、この組み合わせは味的にどうかと思う。

「調子はどう?」

「あおあああいあいえお、ああああおうあいおうう」

 顔がめちゃくちゃ痛い。筋肉痛のような痛みだ。どうしてこうなったのか全く分からない。

「やっぱり病院行こうか」

 私はベッドの近くに置いてあった鞄からノートと筆記用具を取り出し、ノートにペンを走らせてさっき言おうとした言葉を書く。

『顔はまだ痛いけど、頭はもう大丈夫です』

「本当?」

 私は頷く。

『顔も筋肉痛みたいな感じだからすぐ直りますよ』

「一体何をやってたの?」

『表情筋のトレーニング』

「変な子ね。 まぁ、それで納得しといてあげる。じゃあ何かあったら我慢せずにすぐに言いなさいよ。お粥、食べれる?」

 一口食べるごとに顔が攣ってしまいそうだが、お粥の匂いが胃を刺激した。昨日の夜から何も食べていない。

『そこに置いといてください』

「ん、わかった」

 そう言うと今村さんはおぼんを机の上に置き、「お大事に」と言って出ていった。今村さんは今でもどこかよそよそしい。



 その後、さらに二日学校を休んだ。筋肉痛で上手く話せなかったのと、猛烈な眠気が原因だ。休んでいる間に沢山の睡眠をとった。私はその度に、夢を通して沢山の送葉を経験し、記憶した。夢で経験する送葉は奇想天外で人から冷ややかな視線を浴びせられることも多々あったのだが、私から見れば概ね理想的な幸福で溢れており、私は夢という形で擬似的な幸福感を確かに得ていた。
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