memory refusal,memory violence

預ける

 僕は目的地に着くとスマートフォンで電話を掛ける。時刻はもう夜の十時半を回っている。隣ではまだ送葉(仮)さんが眠っている。数回のコールが鳴った後、電話の向こうから『もしもし』と聞こえた。

「着いたよ」

『わかった。今出る』

 電話の相手は綾香だ。考えてみたが、やはり僕の家に送葉(仮)さんを泊めるわけにはいかず、女子であり、事情を知っている綾香に、帰路の途中で彼女の宿泊を頼んだ。何故こうなったかの経緯を伝えると、綾香は快く、とはいかなかったが、最終的には了承してくれた。

 電話を切り、隣で眠る送葉(仮)さんの肩を揺する。「ん~」と唸って彼女は身体の向きを変えた。目覚めが悪い。僕は溜め息をついた。送葉(仮)さんが起きないからではない。送葉もこうだったのだ。送葉(仮)さんは小さな仕草や言動でどこまでも送葉を連想される。

 二階のアパートの一室から綾香が出てくるのが見えた。僕はもう一度、今度はさっきよりも強く送葉(仮)さんの身体を揺すり、やっとのことで起こす。送葉(仮)さんは「づきましたかぁ~」と目を擦りながら寝ぼけ眼の掠れた声で言った。

「着いたよ」

「ごご綾香のアパートじゃないでずか」

 外を確認するなり送葉(仮)さんは掠れた声でそう言い、小さく咳払いをした。なんで綾香のアパートまで知っているのだろうか。この子はどこまで僕たちの事を知っているのだろう。ここでもまた、謎が増える。

 車を降り、僕と送葉(仮)さんは綾香と対面する。

「この子があの葉書の送葉(仮)さん?」

「うん」

「ふ~ん」

 綾香はそう言いながら送葉(仮)さんを舐めるように観察する。送葉(仮)さんはそれを気に留めることなく見られるがままで、綾香に向かって「久しぶり」と言った。声はもう元に戻っている。

「久しぶり?」

 そりゃそうなるはずだ。初めて見るんだから。綾香は間違っていない。間違っているのは送葉(仮)さんの方だ。

「何でそうなるのよ」

 綾香は既に送葉(仮)さんを敵視、もしくは警戒しているのか、口調が若干きつくなる。

「厳密に言えば、葬式や告別式で会っているので初めましてではないのですが、まぁこの姿の私に会うのはほぼ初めてですからね。そうなってしまっても仕方ないと思います」

「あなた、何言ってるの? 馬鹿にしてる?」

「してません」

 なんだかいきなり危険な雲行きになってしまった。ここで一触即発されても近所迷惑だ。これではいけない。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 間に割って入った僕に二人の視線注がれる。綾香の視線が特に痛い。

「とりあえず今日はもう夜遅いし、話は明日にしよ。綾香も、一夜を共にするんだからいきなり食って掛かるようなことはやめてくれ。相手は年下の女子高生だぞ」

「年なんて関係ない。高校生なんてもう大人みたいなもんでしょ」

 綾香が大人げなく言い放つ。

「私は伝達さんの家に泊まるつもりだったのですが……。それに、私は身体的な年齢は十七歳ですが、既に二十年の記憶が――」

 送葉(仮)さんがまた意味の分からないことを言い出そうとする。僕はそれを全力で阻止する。

「いいから! 今日はとりあえず顔合わせだけ! 頼む、今日は俺も頭が混乱してるんだ」

 両手を合わせて二人にお願いする。再び二人が目を見合わせる。

「分かった。今日は何もしないし聞かない。泊まらせるだけ。いい?」

 綾香が送葉(仮)さんに言う。送葉(仮)さんは「仕方ないですね」と頷く。

「じゃあ、本当はすぐにでも聞きたいことはあるんだけど、明日ね」

「場所何処にする?」

「『たより』って喫茶店がいいかな。僕のバイト先。場所は僕のアパート等辺なんだけど、詳しくはまた連絡するよ」

「じゃあ、明日大学あるから午後の三時くらいからでいい?」

「了解。じゃあ、一応大学見学も兼ねてここに来たみたいだから、お願いしてもいい?」

「へいへい」

「じゃあ、また明日ね」

「おやすみなさい」

 送葉(仮)さんはそういうと僕にニコリと笑いかけた。また、重なる。

 僕は「おやすみ」と目を逸らしながら送葉(仮)さんに返し、綾香の住むアパートを後にした。
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