memory refusal,memory violence

 一週間はあっという間に過ぎた。ここ一週間は送葉が出てくる夢は見ていない。安眠を続けられていた。普通に食事をし、普通に読書をし、普通に就活の準備をし、普通に一日一日を過ごした。バイト中に乃風さんには「ここ最近、喫茶店には不釣り合いなほど元気がある」とまで言われた。今日も普通に大学へ行った。僕は再び新しい普通を手に入れた。送葉と出会う前のものでもなく、送葉と出会ってからのものでもなく、送葉が死んでからのものでもない。送葉さんと出会ってからの普通。僕の普通は目まぐるしく移り変わる。でも、生きている限り、それが普通だ。

「伝達、今日終わったら遊び行こうぜ~。カラオケ行きたい! 俺午後からサボッから」

 ゼミを終え、片付けをしていると涼人が話しかけてきた。意気揚々とサボタージュ宣言までしている。

「ごめん、今日は無理。あとサボるなよ」

「俺の誘いを断るとは何事だ!」

「後がない涼人のためを思って言ってるつもり」

「一回くらい大丈夫だろ」

「前寝坊してたじゃん。それに、毎期言ってるよ、それ……」

「こんな講義尽くめの生活から一日くらいドロップアウトしたい!」

「ダメだって。今日予定あるんだ」

「何だよ。この俺の誘いを無碍にしてまで行かなきゃいけないのかよ!」

「うん、絵の鑑賞会に招待されてるんだ。もう行かないと」

 絵の鑑賞会という言葉で涼人は察したのだろう。「あ~ならしゃーねーか」と言った。

「また誘ってよ」

「へいへい。じゃあ今日は他の奴誘うわ」

「だから講義出なって……」

「俺の事は気にするな! 早く行け!」

 涼人は格好良くないことを、格好良い風に言いながら僕の背中を叩く。

「痛いよ!」

「喝だ喝! ほれ、もう一発!」

 涼人はもう一度腕を振り上げる。僕は振り上げられる腕を慌てて抑え込んだ。

「もう大丈夫だって」

「そっか。じゃあ行って来い」

 挙げた腕を降ろして言う涼人に向かって僕は頷く。涼人はニコリと口角をあげると、「んじゃまた」と言って、先にゼミ室を出て行った学生を追っていった。

 僕は背中一杯に広がる喝を目一杯感じた後、一人残されたゼミ室を後にする。
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