すれ違い天使Lovers
瀬戸類

 サブノック戦の三日後、目を覚まさないミラを心配しつつも通学の時間が迫りいつもより遅く家を出る。小走りで通学に使っている駅の前に来ると、タイミング悪く一人の男子学生が声をかけてきた。
「おはよう、ちょっといいかな? 君、八神君だよね? 僕のこと覚えてます?」
「そうだけど、ごめん、誰だったかは分からない」 
 警戒しつつ観察するが、とても可愛い感じの顔立ちをしており、留真とはまた違ったジャニーズ系だと内心思う。
「僕は瀬戸類っていいます。数日前、近所の家で塀と母屋を壊れて政府補償の件を話した……」
(ああ、ミラと初めて戦ったときの。確か美咲が蹴り飛ばしたんだっけか)
「あの瀬戸君ね。ごめんごめん、俺、記憶力悪くってさ。で、何か用?」
「うん、ミラさん、今日はもう通学した?」
 突然出るミラの名前にビックリしつつも警戒する。
「すまない。ミラと君の関係が分からない以上、詳しいことは言えない」
「ミラさんとはちょっとした知り合いでね。今日から一緒に登校する約束をしてたんだ」
(ちょっとした知り合い? アイツいつの間のこんなジャニ彼と知り合ってたんだ?)
 不審に思いつつ玲司は口を開く。
「そうか、それはタイミングが悪かったな。今日は事情があって学校は休む予定なんだよ」
「えっ、まさかまた悪魔にやられたんじゃないですよね!?」
(コイツ鋭いな。どこまで知ってんだ?)
「まあそんなところだな。今日は自宅で静養中」
「やっぱり。あの、お見舞いに行きたいんですけど、行ってもいいですか?」
「ん、まあ、いいんじゃない? 知り合いなら歓迎してくれると思うし」
「ありがとうございます。ちなみに、ミラさんの好物とか持って行って喜ぶ物ってなんですか? 僕、こういうの初めてで分からなくって」
(好物? そういや俺、ミラのこと何にも知らねえや。なんかまた自己嫌悪だ……)
「ごめん、俺もそういうのよく分からないんだ」
「そうですか、じゃあ、花とかクッキーとか無難なところで行ってみます」
 決意のこもった類の目を見て、玲司はある意味圧倒される。
「ま、まあ頑張って。俺、急ぐからこの辺で」
「あ、足止めしてしまいすいません。ありがとうございました!」
 元気よく頭を下げられ玲司は複雑な気持ちになりながらホームへと足を運んだ――――

――お昼。学食で買った焼きそばパンを屋上のベンチで食べていると、隣に美咲がすっと座る。
「こんにちは、玲司」
「こんにちは」
「前回は無事、任務を遂行できたみたいだね」
「まあ、かなりやばかったけど、なんとか」
「ミラさんは? 今日来てないみたいだけど」
「瀕死の重傷で静養中。って言っても命に別状はない。人間と違って天使は精神面の回復がメインだしな」
「そうなんだ。残念」
 美咲の口から出る意外な言葉に玲司はハッとする。
「だって、私、ミラさんだけは手が出せないから」
「死んだら良かったってか?」
「本心を言えばね。大人の天使については制限なく殺す。この信念は玲司も知っての通り。ミラさんは玲司のお姉さんだから、殺したくても殺せない。近くに天使がいて殺せないのはわりとストレスなんだよ?」
 平然と言ってのける美咲を見て、玲司はゾッとする。
(ミラの言っていた通り、悪魔は所詮悪魔なんだろうか。悲しい信念としか捉えられない。でも、コレが美咲を取り巻く外的要因から来ているとしたら、なんとかしてやりたい)
 少し考えた後、玲司は切り出す。
「あのさ、美咲って一人暮らし?」
「えっ、そうだけど、なんで?」
「いや、俺の家は俺入れて五人家族なんだよ。しかも俺以外全員女」
「あはは、そうなんだ。肩身狭そう~」
「そうなんだよ。でさ、美咲が一人暮らしって言うんなら、家に行っていい?」
「ええ? 今日?」
「うん、今日」
 即答する玲司を見て、美咲は顔を赤くする。
(家に行けば、悪魔から浴びている悪い影響の何かが分かるかもしれない)
「あのさ、玲司」
「うん」
「あの、その、部屋で、二人っきりってことになるよね?」
「そうだね」
 あっさり答える玲司とは裏腹に、美咲は頬を紅潮させながら困り果てている。
「い、いきなりは、ちょっと。うん、ごめん。心の準備と言うか、部屋の準備というか、いろいろ考えたいから。また今度にして」
 照れながら訪問を拒否する美咲を見て訝しがるも、玲司は事の重要さにやっと気が付く。
(ああ、美咲はあっちのことを考えてたのか。やばい、男が女の部屋に行くってそういうことだもんな。全然考えてなかった……)
 それを意識してしまい、玲司もちょっと照れてしまう。
(しかし、早めに美咲の思想を修正しないとやばいのも事実。仮に俺と美咲が別れたとした場合、一番身近なターゲットは校内のミラだ。ミラのためにもどうにかしないと)
「美咲、俺のこと好き?」
 ストレートに聞かれ美咲は目を丸くする。
「えっ、も、もちろん、好き……」
「じゃあ、別にいいと思わない?」
「えっ!?  いいって、アレ、だよね」
「うん」
「高一で、ってちょっと早くない?」
「別に最後までしなくても、俺は美咲と傍に居られるだけでいいけど?」
 玲司の言葉に美咲は耳まで真っ赤になっている。しばらく黙り込んでいた美咲だが、小さな声でつぶやく。
「いいよ……」
「ありがとう。じゃあ放課後、駅前で待ち合わせてってことで」
「は、はい……」
 蚊の鳴くような小さな声で返事をすると、美咲は照れを隠すかのようにベンチを立ち走り去って行く。
(恋愛の話とかになると中学生みたいな反応で可愛いんだけどな~、しかし、天使を討伐する実力にそれを支える思想は本物。本当にどうにかしないとな)
 美咲とは対照的に玲司は今後の展開を考え真剣な顔をしていた。

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