すれ違い天使Lovers
VS天使ミラ

 橘邸で晩御飯を食べて行くように誘われるが、玲司は丁重に、というより断固拒否して自宅に帰る。留真はまだまともな方だが、他の家族の濃さは尋常ではなく、幼少期から様々な目に遭って辟易している。
 本当は橘邸で光集束の修行をした方がレベルアップも早いことは玲司本人も理解しているが、橘家の人間は質の違う怖さがあり、余り近寄らないようにしていた。
 メンテナンスを頼んでおいた愛刀『蛍丸(ほたるまる)』を留真から受け取ると、煩く纏わり付く橘家一家を避けるかのように足早に邸宅を後にした。
 帰宅ラッシュも過ぎ、人気のない道を歩きながら先の公園での戦闘を思い出す。
(あの天使が助太刀しなかった場合、俺はあの悪魔に勝てたんだろうか。光固で殴っても倒せなかった悪魔だ。やっぱ討伐に刀は必須かもな。かと言って常に帯刀する訳にもいかねえし、真面目に修行するにしても千尋さん怖いしな~)
 蛍丸を肩に担ぎ、完全に落日したアスファルトの道を悩みつつ歩んでいると、前方に立ち塞がる人物に気がつく。シルエットからして天使だというのは直ぐに察しがつく。
「天使様が俺に何か用か? それともさっき助けたから礼を寄越せとか言わねえよな?」
 腰まで伸びた綺麗なブロンドヘアが印象的だが、憎しみを込めたような鋭い目つきで玲司を威嚇している。
「問答無用って感じだな。助けておいて殺す気満々って面構えだし。ま、俺は一向に構わないがな」
 バッグをアスファルトに投げると蛍丸を抜刀する。それを見て相対する天使も剣を手の平から具現化させ構えた。公園で見せた巨大戦斧だったら逃げる覚悟をしていただけに、玲司は内心ホッとする。
 つかの間、五メーター程あった距離を一秒以下のスピードで詰められ玲司は焦りつつ刀で剣を受け止め火花が散る。千尋との修行でもここまで速い剣速は感じたことはなく心臓がバクバク高鳴る。
(やっべ、コイツ無茶苦茶強え。この早さじゃ逃げるのもきついぞ。どうする……)
 鍔ぜり合いで押し込まれる感覚を覚えながら、玲司は状況を打破する術を考え抜く。どんな絶望的な状況でも、必ず突破出来る術がある。死闘においては何があっても諦めない。千尋から耳にタコが出来るくらい言われた台詞が記憶に甦る。
(だよな。絶対にこの場を切り抜ける方法はある。考えろ、思いつけ!)
 剣をいなして距離を取ると、玲司はすかさず話し掛ける。
「名前を聞かせろ!」
 玲司の問い掛けに天使は止まる。
「この戦いがどういう結果になろうと恨みやしない。ただ、命懸けで戦った相手の名前くらいは知っておきたい。騎士道にも武士道にも名乗りはあってしかるべきじゃないか?」
 問い掛けを受けて天使はゆっくりと口を開く。
「ミラだ」
「俺は八神玲司だ。ちなみに、俺を狙う理由はなんだ?」
「お前が八神玲奈の息子だからだ」
 突然出る母親の名前に玲司は戸惑う。
「母さん? なんで母さんの名前がここで出るんだ。一体お前に何をしたって言うんだ?」
「私の大事な者を奪った張本人だ。だから今度は八神玲奈の大事な者、つまり息子のお前の命を私が頂く」
「なるほど、分かりやすい弔い合戦だな。ちなみに、俺を殺したとして、その後、母さんも殺すのか?」
「当然」
「そうか。じゃあ、俺はここでお前を止める必要がある訳だ。なかなかキツイ仕事だな」
「そろそろ時間稼ぎは済んだか? 私から行くぞ?」
「時間稼ぎがバレバレって訳ね」
 目にも止まらぬ速さで突進するミラを光集束を纏った刀で受けるも、その圧倒的なパワーにより背後まで吹っ飛ばされる。衝撃により刀を落とし、ダウンしたところにミラは剣を振りかぶる。
(ヤバイ!)
 スローモーションで振り下ろされる剣を覚悟して見つめていると、真横から突如生足が飛び出し、ミラを民家のブロック塀に蹴り飛ばす。
 盛大な破壊音を横目に蛍丸を拾い急いで立ち上がると、そこには同じ高校の制服を着た女子高生が立っている。
見たことのない生徒だが、明らかに普通の人間ではなく瞳が真っ赤に燃え上がっていた。
「助かった。つーか、誰?」
「同級生。隣のクラスの葛城美咲。デビルハーフ」
 手短な紹介ながらおおよその検討がつく。
「俺らと正反対の勢力って訳だな。で、敵? 味方?」
「味方」
「助かるわ」
 構えたまま壊れたブロック塀を見つめていると、上空から三メーターの斧が降ってくる。
(来た! 住宅街でもお構い無しか!)
 ダメ元で蛍丸を構えた瞬間、上空も含め辺り一面が真っ黒になる。
(なっ!? これは簡易式魔域?)
 上空を見上げると斧は煙をあげて消滅し、ミラは反属性反撥により遥か彼方まで吹っ飛ばされている。ミラが消えたのを確認したかのように魔域は消滅し、景色も普通の夜道へと戻った。
 納刀し美咲を見つめていると微笑んでくる。同級生と言われたものの小柄で幼い顔立ちからして、せいぜい中学生としか見られない。
「八神君、怪我はない?」
「かすり傷程度だ、問題ない。それよりどうやって魔域を?」
「あれは渋谷のマルキューで売ってるよ。使用制限があって悪魔やデビルハーフにしか扱えないけど」
「なるほど、でもホント助かった。魔域くらいしか切り抜ける術がなかった」
「うん、魔域だと反属性の天使は存在出来ない。当然天使が具現化した武器も消滅する。跳び道具的使い方すれば、天使には大ダメージだからね」
「そんな物がマルキューで売ってんだもんな。世も末だな」
「まあね、でも、さっきの簡易式魔域は制限時間五秒タイプで一個百万円だから、そんなに安いものでもないよ」
「百万!? なんか、悪いことしたな。俺なんかのために」
「全然。使うために持ってたんだから問題なし」
「いや、でもそれじゃ俺の気が済まないから」
「う~ん、じゃあサンタさんからのプレゼントと思えば? まだ九月だけど」
「じゃあ俺も葛城さんに何かクリスマスプレゼントしなきゃな」
 頑ななまでの玲司の返しに美咲は溜め息混じりに笑う。
「八神君って真面目ね」
「仮を作ったままにしときたくないだけさ」
「分かった。じゃあさ、私の彼氏になって」
 予想もしてなかった美咲の言葉に玲司はビクッとする。
「正直な話、私、八神君のこと入学したときから好きだったの。一目惚れってヤツ。さっき公園で戦ってる姿も素敵だった。ダメ、かな?」
 頬を紅潮させながら見つめ上げてくる美咲の姿に、ミラ戦とは違った緊張感が生まれる。
(な、なんだこの展開。どうすりゃいいんだ? 可愛いっちゃ可愛いんだが、俺とは反属性のデビルハーフ、言わばエンジェルバスター。関わらない方が無難。しかし、助けて貰っておいて断りにくいし……)
「少し考えさせてくれる? 今日はいろいろあり過ぎて自分自身に余裕がない」
「分かりました。返事はいつでもいいので、ゆっくり考えて下さい。仮にフラれたとしても恨んだりしませんしご安心を。じゃあ、またね、八神君」
 笑顔で走り去って行く美咲を玲司は戸惑いながら見送る。塀や母屋を壊された住民に政府補償の連絡先を教えると、やっと帰宅の途に着く。玄関に入ると伯母の愛里が笑顔で出迎えた。
「レイちゃん、おかえり~、よかったわ。今日はレイちゃんの誕生日だし、レイちゃん彼女とかと一緒で、帰って来ないんじゃないかと心配してたのよ~」
「ただいま、今日は留真と遊んでただけだよ。だいたい彼女居ないし」
「そうなの? じゃあ、チキンもケーキも用意してるから、今から一緒に食べましょ」
 愛里に続きリビングに入ると同時にクラッカーが鳴り、紙テープが大量に頭に降り懸かる。
「お誕生日おめでとう! レイちゃん!」
「おめでとう、レイ。遅かったわね」
 祖母の祥子と母親の玲奈に歓迎されるも、正直なところ居心地は悪い。普段、留真に対してマザコンを連呼しといて、自宅に帰ると伯母を筆頭に母親からも溺愛されており、早く子離れしてほしいと切に願っている。
 誕生日パーティーを楽しみにしている女性陣に気が引けるものの、身の危険が迫っている現状、玲司は玲奈に今日の戦闘内容を伝えることにした。

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