すれ違い天使Lovers
今日から貴女は八神ミラ

 数時間後、男女の話し声が薄っすら耳に入ってきて目が覚める。ベッドに横たわされているようだが、ここがどこだかは分からない。
(私、生きているのか? 有り得ない、あの傷で助かるなんて。でも、意識もはっきりしてるし、どういうことだろう……)
 訝しながら声に耳を傾けているとこの二人が誰であるかが判明する。
「母さんは親父に隠し子がいるって知ってたの?」
「知らないわ。私とお父さんが一緒になって以降、お父さんは一度も天界には帰ってないから。きっとお母さんと出会う前の出来事なんだと思う」
(この声は八神玲司! つまり母親というのは八神玲奈! おそらくここは八神家。じゃあ、コイツが私を助けてくれたのか?)
 複雑な気持ちで聞いていると聞き過ごせない言葉が出て来る。
「だとすると、天界に妻子がいるのに母さんと結婚したってことか。それはちょっと無いと思う。親父を軽蔑する」
(軽蔑だと! それは間違ってる!)
「父はそんな軽薄な方ではない」
 掛け布団をめくり上げミラはゆっくり玲司を見る。
「父に妻はいない。何十年も昔に戦の中で亡くしたんだ。父も伯父も優秀な戦士で、私は二人に認められたくて努力した。でも、強くなった頃には既に二人共亡くなっていた。ニ十年くらい前に一度だけ会ったのが最後。そのとき父は愛する人間、八神玲奈と生涯を共にすると言った。私は納得出来ずに引き止めた。たった一人の家族である私を捨ててまで行くのかって。父は私に一言謝り地上に降りた。八神玲奈が父をそそのかし、私から奪ったんだと思った」
 ミラは一息つく再び話し始める。
「でも、父が幸せなら許せる部分もあった。一度死んだ父を、神の偉功まで得て蘇らせたのも八神玲奈だと聞いたから。でも父は再び死んだ。戦の中で亡くなったのだからと自分自身言い聞かせた。でも、八神玲奈の元に行かなければ、と考えるとどうしても我慢出来なくて……」
 自分の元を去った日の事を思い出し、ミラは苦しそうな顔をする。その表情を見ると玲奈は静かに立ち上がり、ベッドに座るとミラを正面から優しく抱きしめる。
(えっ? 何してるのこの人?)
 ミラは驚きながら玲奈を肩を見つめる。
「辛かったね。貴女は一人寂しくレトの死を受け入れようとした。天界で一人残され、ただでさえ寂しかったのに、レトを亡くしその死を受け入れ弱くなれる場所もなかった。貴女が私を恨む気持ちは当然よ。貴女の気が済むのなら私を好きなようにしていい。それで貴女の心が救えるなら、私は喜んで死ぬわ」
(意味が分からない。この人、何言ってるの?)
「ミラ、貴女は悪くない。純粋でとても心が綺麗な天使。私が原因で復讐にかられたのだったら、私が原因だし私が全ての責任を負う。なんでも言って」
(悪くない、純粋、心が綺麗、貴女を殺そうとした私に対して何でそんな優しい言葉をかけるの? なんで死んでもいいなんて言うの? なんで、なんで、涙が溢れてくるの……)
 ミラは小さな声でポツリと言う。
「……いても、ですか……」
「何?」
「泣いても、いいですか?」
 玲奈の承諾を受けるとミラは声を上げて泣き始める。玲奈はずっと優しく頭を撫で続け、玲司はそっと部屋を後にする。
「レトが亡くなってからずっと泣けなかったのよね? 今まで我慢した分、全部吐き出して泣いていいから。貴女の気が済むまで私はずっと傍にいるから……」
 玲奈が優しい言葉を掛ける度に胸の奥に押し込んでいた感情が溢れ、ミラの瞳から止めどなく涙を流させる。
(この人の言う通りだ。私はずっと悲しみを押し込み、悲しみやパパの死から逃げるために復讐という選択をしていただけだった。本当は私を受け止めてくれて泣ける場所が欲しかっただけなんだ。パパの死を一緒になって悲しみ、泣いてくれる人が欲しかったんだ。私一人ではパパの死を現実として受け入れなれなかったから……)
 自身の本当に気持ちに気が付き、ミラは玲奈を強く抱きしめて泣きじゃくる。玲奈はそんなミラの心を察し、全身で優しく受け止める。
 五分程泣き続けていたミラだが、落ち着くと戸惑いの表情で玲奈と向き合う。今しがた知り合ったばかりの玲奈の前で盛大に泣き恥ずかしさがありつつも、自分の全てを受け止めてくれる存在を嬉しく感じる。
「あ、あの、ごめんなさい。泣き過ぎました……」
「いいえ、もっともっと泣いても良かったのよ? 貴女にはその権利がある。私が保証してあげる」
 笑顔の玲奈を見てミラの心は温かくなる。
「まだ、ちゃんと自己紹介してなかったわね。知ってるとは思うけど、私は玲司の母、八神玲奈。貴女のお父さんを心から愛した女よ。自分で言うのもなんだけどね」
 ウインクをして冗談混じりに玲奈は語る。
「申し遅れました。私はミラ。ミランダ・ビュランダルです」
「ミラちゃんね。宜しくね」
「は、はい」
 緊張しているミラを見て玲奈は苦笑する。
「ミラちゃんって、レトに似て綺麗ね。お人形さんみたい。髪艶もきらきらしてるし」
「どうも」
「レトが地上に来て私とどんな人生を歩んだのか、話しましょうか? きっと知りたいんじゃないかと思うんだけど」
 玲奈の提案にミラは素直に頷く。
「いろいろと照れくさい部分もあるけど、結構波乱万丈な出会いと人生だったわ……」
 ルタとの出会いからレトに繋がり、様々な回り道をしながら一つになれたことを話す。ミラは大人しく聞きつつ、笑えるところは砕けて笑う。天界でのレトと地上でのレトは態度等がまた違っていたようで、ミラは新鮮な気持ちで父親の多面的な部分を知る。大戦により亡くなるまでを聞き、ミラは穏やかな表情で口を開く。
「パパは幸せだったんですね。愛に溢れた玲奈さん。優しい玲司さん。家族みんなが励まし支え合っていたのがよく分かります。そんな二人に復讐しようとしていたなんて、私、恥ずかしくて穴があったら入りたい」
「そんなことない。誰だって強くなれるときもあれば弱くなることもある。私だって昔は全人類死ね、なんて本気で思ってたことあるのよ?」
「えっ、本当ですか?」
「ホントホント、悪魔崇拝してて、真っ黒街道まっしぐらな時期があった。でもね、ルタやレト、いろんな人との出会いが私を変えてくれたの。ミラちゃんの人生もこれから変わって行くと思う。幸せって思える人生にね」
 微笑みながら言われるとミラもそうなれるような気がして笑みがこぼれる。玲奈はミラの笑顔を見ると、思い付いた案を軽い感じで問いかける。
「ねえ、ミラちゃん。私達と家族になろっか?」
「えっ!?」
「いや、だってレトの娘ってことは私の娘みたいなもんだし、地上に来たばかりで戸惑うことも多いでしょ? ここで一緒に暮らして、家族になるの。レトがミラちゃんを捨てたというなら、妻であった私がそのミラちゃんを引き取るのは筋も通ってると思うし。いい案だと思わない?」
 思いもよらない提案にミラは口を開けて驚いている。
「何か問題ある?」
「いえ、問題というか、その、えっと、突然のことで気持ちの整理がまだ……」
「家族になるのが嫌?」
「嫌だなんてそんな! す、凄く嬉しいです……」
「はい、じゃあ決まり。今日から貴女は八神ミラ。いいわね?」
 強引ながらも最大限の愛情表現とも取れる勧誘により、ミラは八神家の一員となる。いきなりできた家族に戸惑うものの玲奈に言う通り、今日という日より自分の人生が大きく変わって行くような気がしていた。

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