すれ違い天使Lovers
ミラの本音
 
 ミラが天界に帰還してから二週間後。学校から帰宅の途につき、玄関に入ろうとした瞬間、背後に気配を感じ素早く戦闘体勢を取る。背後の人物を見ると可愛い感じの天使が玲司を見つめていた。ショートボブの赤毛が印象的で、お嬢様な雰囲気を醸し出すも活発そうにも見える。
「誰だ?」
「はじめまして八神玲司さん。私の名はナナリィ。ミラの親友ですわ」
「えっ、ミラの親友? ミラが帰ってくるのか!?」
「いいえ、ミラが天界より人間界に来ることはありません。今回はそのことについてご報告があり、伺った次第でございます」
「詳しく聞かせてくれ」
 突然の悪い報せに動揺しながらもナナリィを八神家のリビングに通すと玲奈と並んで話を聞く。
「俺の方から聞きたいことがあるんだが、ひとまずナナリィさんの報告を聞いてからにしたい」
「承知致しました。まず気になさっているミラの件ですが、彼女は地上任務の天使としては不適格という烙印を押されました。理由は人間との戦闘の件、悪魔を故意に取り逃がした件、研修中には御法度の人間との恋、以上が総合的に判断され不適格とされました」
「人間との戦闘って、まさか」
「はい、八神玲司さん、貴方との戦闘です」
「くそ、全然免除されてなかったのか!」
「いえ、この件はあくまで印象を悪くした程度の査定。問題は悪魔を故意に逃がしたことです」
「悪魔を逃がした? ミラがそんなことをするとは思えない」
「葛城美咲というデビルハーフをご存知ですね?」
「ああ」
「彼女を逃がしたのはミラです」
「いや、逃がしたって意味が分からない。葛城さんは死んだはずだ」
「いいえ、彼女は生きていますよ。今も日本のどこかに住んでいるはずですわ」
 衝撃的な事実が語られ、玲司は鳥肌が立つ。
「なんで、ミラはそんなことを?」
「理由は分かりません。黙秘してましたからね。純粋な悪魔でないぶん考慮はされましたが、こちらもマイナス査定。そして、最後、人間に恋をしてしまった件」
「人間って、ミラは天使の中に好きな相手がいるって言ってたぞ?」
「それは嘘です」
「その人間って誰だよ」
 ナナリィは押し黙り玲奈を見る。玲奈はナナリィの視線の意味を悟り溜め息をつく。
「貴方よ、レイ」
「えっ?」
「ミラはずっと貴方のことが好きだったの。でも、日本の法律では血の繋がった弟とは一緒になれないって知ってから、ずっと気持ちを押し殺していたの。ミラ、最後の最後まで本心を隠したまま行っちゃったのね」
 玲奈の言葉が信じられずナナリィを向く。ナナリィも同意するかのように頷く。
(そんなバカな! ずっと両思いだったなんて!)
 ショックを受けている玲司が気に掛かるもののナナリィは話を続ける。
「本来、誰かを好きになるという行為に制限などあってはならないと私も思います。けれど、今回は研修中の身。抱きつくなどという破廉恥な行いは慎むべきでした」
 公園のベンチで抱きしめられたことを思い出す。
「以上の三点が総合的に判断され、ミラは天界勤務となりました。再度地上に降臨するには天界勤務を百年こなした後になります」
 百年と聞いた瞬間、玲司は席を立つ。
「レイ?」
「天界に乗り込んでミラを連れ戻す」
「ちょっと、レイ!」
「止めても無駄だ。ミラとの約束だからな」
 目つきが変わり完全に戦闘モードに入ってしまった玲司を見て玲奈もナナリィもゾッとする。
「落ち着いて下さい八神玲司さん。そのミラから手紙を仰せつかっております。まずはこれを読んでからご判断を」
「手紙?」
 差し出された手紙を立ったまま受け取ると目を通す。


『レイ君へ

 元気に暮らしていますか? 私の方は悪い予感が的中してしまい、人間界に帰ることができなくなりました。ですが後悔はしていません。
 レイ君と斬りあったのは恥ずかしい思い出だけど、あれはあれで良い思い出です。
 葛城美咲さんの件は、本人達ての願いで死んだようにして欲しいと言われた。
 自分がバアルに騙されて生きていて、レイ君に合わす顔がないって言ってた。
 もし、彼女をまだ想う気持ちがあるのなら捜して会って欲しい。
 彼女はまだきっとレイ君を想ってると思うから。
 あと、ずっと言えなかったけど、私はレイ君が好きでした。
 最初は恨みすら覚えていた相手なのに、いつの間にか好きになっていました。
 レイ君は私を避けているようだったから、きっとそんなに想ってはくれてないだろうね。
 でも、大事な家族って言ってくれて嬉しかった。それだけでも十分幸せ。
 血の繋がりのある関係だと一緒になれないって聞いたときはちょっとショックだったけど。
 人間界も天界と同じように変なしがらみがあるんだなって思った。
 もし私が人間界に帰れなかったら、レイ君は天界にまで私を連れ戻しに来てくれると約束したよね。
 それが不可能なことだと知りつつも私はとても嬉しかった。
 私の事を大事に想ってくれているんだって感じられたから。
 この手紙を読んだらレイ君はきっと天界に来ようとすると思う。
 けれど、それは大変罪の重い行為。気持ちは嬉しいけど、どうか来ないで欲しい。
 私のせいでレイ君が危険な目に遭うことだけはさせたくないから。
 私のことは忘れて、どうか素敵な方と巡り逢ってその方と一緒になって下さい。
 最後に、八神家の皆はもちろん、レイ君の幸せを天界より祈っています。

 八神ミラ』


 読み終えると手紙を玲奈に手渡す。玲奈も直ぐに読み始め涙を浮かべる。立ち尽くしている玲司にナナリィが話し掛ける。
「本来はこのような手紙の受け渡しも御法度なんですが、ミラの気持ちを察し最後の頼みとして引き受けました。ミラと私は腐っても親友……」
「ナナリィさん、天界にはどうやったら行ける?」
 ナナリィの言葉を玲司は遮る。
「えっ? まさか乗り込む気ですの?」
「当然。なんか好き勝手書いてるけど、俺の気持ちを完全に無視しやがってる。だから、面と向って文句の一つでも言わねえと気がすまない」
 リビングに飾ってある蛍丸を携えると同時に玲奈が止めに入る。
「レイ、待ちなさい」
「止めても無駄だ」
「バカ、止めないわよ。まずは千尋ちゃんのところに行って作戦会議。それから天界と戦争よ。返事は?」
「さすが母さん。話がわかる」
 ニヤついて話す二人をみてナナリィは唖然としている。
「ちょ、ちょっと、お二人共! 正気ですの? 天界に戦争をしかけるなんて無謀にもほどがありますよ!?」
「無謀だって。レイの答えは?」
「ミラの居ない人生を送るくらいなら死んだ方がマシ」
「だそうです。バカな息子でごめんなさいね、ナナリィさん」
 謝りながらも玲奈は嬉しそうな顔をする。
「お母さんから千尋ちゃんには連絡しておくから、貴方は準備が出来たら橘邸に向って。後で追いつくから」
「了解。あっ、祖母ちゃんや伯母さんに挨拶は?」
「いいわよ、どうせ生きて帰ってくるんだから」
「そりゃそうだ。じゃあ、お先」
 ナナリィと玲奈を残し玲司は颯爽と家を後にする。玲奈はすぐに電話機に向い千尋へとコールする。二人の行動を見て本気で天界と戦争を始めようとしていることを実感し、ナナリィは呆然としている。千尋に用件を端的に説明すると、玲奈も準備を始める。その様子を見ていたナナリィがやっと重い口を開く。
「玲奈さん、本当に天界と一戦交えるつもりなんですの?」
「そうよ。何か問題でも?」
「問題がありすぎて列挙しきれません。なぜミラのためにそこまで?」
「貴女、家族はいる?」
「はい」
「その家族が魔界で捕まったと聞いたら貴女はどうする?」
「助けにいきますわ」
「それと同じ理由よ。それが今回は天界ってだけ」
 玲奈の言葉にナナリィは返す言葉もない。
「じゃあ、私もそろそろ行くけど、私たちの邪魔はしないでね? 立ちはだかるのは自由だけど、その場合、敵とみなすから覚悟してね」
 笑顔ながら本気であることが伝わり、ナナリィは息を飲み込む。
「ミラの、いえ、娘の手紙を届けてくれてありがとう。じゃあね」
 手を振りながら去って行く玲奈をナナリィは何も言えないまま見送っていた。
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