すれ違い天使Lovers
最終話 天使の愛

 天界から降りて来るとまずは橘邸に集まる。玲司とミラ以外は速やかに集まったが、二人はなかなか帰ってこず仕方なく千尋が仕切り始める。
「皆様、ご協力ありがとうございました。天界でいちゃついている二人に代わり御礼申し上げます」
 玲奈は我がことのように顔を赤くし、周りは笑う。
「今回の件で、私たちは天界より要注意人物と認定された思いますが、私たちは命を懸けた仲間であり家族です。何かあったときはここにいる皆が、皆に等しく戦ってくれるものと信じております。言うまでも無く、上空のいちゃこらカップルも命懸けで戦ってくれることでしょう」
「ちょっと、千尋ちゃん。それ、もういいから。私が恥ずかしいわ……」
 玲奈のクレームを受けて千尋は苦笑する。
「無事ミラさんを奪還し、皆が無事であったことが何よりです。皆様、本当にお疲れ様でした」
 丁寧にお辞儀する千尋を見て、誰からとものなく拍手が起こる。玲奈も同じくお辞儀し感謝の意を表す。そこへ、抱き合ったまま降下してくる玲司とミラが現れる。
「おいおい、あいつら抱き合ったまま降りてきてないか?」
 留真の声で玲奈は頭を抱え、恵留奈は爆笑している。地上に降りた二人はからかわれながらも祝福され、そして、玲奈のゲンコツと雷で場が一瞬にして凍りついたのは言うまでも無い――――


――翌日、朝食を済ませリビングで学校へ行く準備をしていると、二階から制服姿のミラが現れた。そして、挨拶を済ませるか済ませないかの間に二人は見つめ合い、二人のラブ空間が発生する。
「ちょっと! 朝っぱらか何やってんの!」
 玲奈の怒号で二人はビクッとし、素早く距離を取る。
「この際だから言っておきますけどね、玲司が高校卒業するまで不純な交際は認めませんから。寝る部屋は今まで通り別々」
「えっ!? マジで?」
「超マジ」
「今時それは無いって」
「ダメ、高校生が色気付いてんじゃねえ。アタシなんて大学生まで彼氏居なかったんだから」
「アンタの都合かい!」
「とにかくそういうことだから、A以上したら頭かち割って橘邸に軟禁するから」
「本当にやりかねないから怖い……」
 呆然としているとミラが訊ねてくる。
「レイ君、A以上って何?」
「ん、ああ、単純にキスまでしか認めないってことだよ」
「じゃあ毎日キスはできるんだ。やった!」
 屈託の無い笑顔を見て、玲司も玲奈も同時に顔を赤くする。
「ちょっと待った! 現時刻を以ってAも禁止になりました」
「ええー!」
「ええー!」
 玲奈の無茶振りに二人は声を揃えて驚き抗議する。しかし、頑固さは八神家随一ということもあり、玲司はぶつぶつ文句を言いながら玄関に向う。
「おい、ミラ、もう行かないと遅刻するぞ」
「うん、先言ってて。すぐ追いつく」
 玲司を先に行ったの確認するとミラは玲奈にしっかり向き合う。
「あの、ちょっと、いいですか?」
「さっきの件なら譲歩しないわよ?」
「じゃなくて……」
「じゃあ、なに?」
 しばらくモジモジした後、ミラは目を閉じると思いきって言い放つ。
「い、行って来ます! お母さん!」
 初めて言われる『お母さん』という単語に玲奈は一瞬目を丸くする。ミラは目が合うと恥ずかしくなったのか玄関に走って行く。逃げるように去って行くミラを玲奈は直ぐに追う。
「ミラ!」
 名前を呼ばれビクッとするも、ミラはゆっくり振り向く。
「ミラ、いってらっしゃい」
 玲奈の笑顔でミラも笑顔になる。
「行って来ます」
 靴を履いて玄関のドアノブに手をかけたとき、玲奈は再度呼び止める。
「ああ、ミラ、さっきの件だけど。人前とか家族の前とか、他人が見てないところならAまで許す。ただし、玲司には内緒よ?」
 少し照れながら言う玲奈を見てミラは笑顔で頷いた。玲司に追いつくため小走りで駅に向っていると、途中の交差点で呼び止められ声の主へと振り向く。そこには笑顔の類が立っていた。
「おはよう、ミラさん」
「あ、おはよう、瀬戸類」
「相変わらずフルネームで呼ぶんだね」
「何か用? ちょっと急いでるの」
「いや、挨拶しただけだよ」
「そうか、じゃあまた」
 颯爽と駆け抜けて行く後ろ姿を類は溜め息で見送る。そこへ雪那が背後から話し掛ける。
「まだ未練あったりする?」
「まさか、彼氏持ちには興味ないからね」
「私、彼氏居ないけど貴方に口説かれたことないわ」
「あはは、だってセツナさん怖いもん」
「よく言うわよ。私の誘いは断ったくせに葛城美咲の頼みは聞いたでしょ? デビルハーフなのに何が妻よ、天界では噴きそうになったわ」
「う~ん、まあ、美咲の方が可愛いからかな?」
「ぶっ飛ばされたいのか、このナンパ野郎」
「冗談だって。それに、美咲は今でも八神君が好きなんだ。僕はまたまた振られたのさ」
 笑顔ながらも類の横顔はどこか寂しげでもある。雪那もその雰囲気を察し意図して話題を変える。
「ねえ、あの後、大丈夫だった?」
「ん、天界の後? なんか僕への懲罰決議がなんとかかんとかガブリエルが言ってたな。興味ないけど」
「ミカエルの腹の虫が納まらないのね。貴方たち元恋仲だったんでしょ? 仲が良いのか悪いのかよく分からないわ」
「僕はわりとミカエル好きなんだけどね。乳の大きさとか」
「アンタいつかミカエルに殺されるわ」
 半笑いで語る類を、半ば呆れながら雪那は見ていた――――


――昼、玲司と留真はいつものように校舎の屋上で昼食を取る。周りの目もあり、校内ではミラとあまり接触しないようにしていた。好物の焼きそばパンをかじりながら、玲司は今朝の事を語り、留真は詳細を聞いて爆笑している。
「高校生にもなってキスも禁止って、普通に生殺しだな。ご愁傷様」
「高校卒業って後二年だぞ? それまで毎日顔合わせるにのキスもなしって、悶絶死するわ」
「そりゃそうだ、まあ、キスしたけりゃ家に来いよ。蘭と絢が手ぐすね引いて待ってるから」
「勘弁してくれよ。俺がどれだけ双子に悩まされたと思ってんだ……」
 過去の情景が目に浮かび玲司はげんなりする。呆然としているとベンチの裏から突然声を掛けられる。
「八神君!」
「うあい、誰だ!?」
 変な声を出しながら振り向くと笑顔の美咲が立っている。
「私ですよ。美咲」
「驚かすなよ! つーか、復学、認められたんだって?」
「はい、橘千尋さんの計らいで」
「そっか、よかったな」
「嬉しさ半分、悲しさ半分ですね」
「なんで?」
「だって、私が復帰したときにはミラさんと両想いでしょ? わりとショックだった。まだ、八神君から直接別れようとか言われたわけじゃないし……」
 批難げな眼差しを向けられ玲司も焦る。
(確かに、まだ別れたとか言ってなかったな。ヤバイ……)
 焦る様子を見て美咲は噴き出す。
「八神君、今の冗談だよ? そもそもミラさんに死んだように頼んだのは私だし、ミラさんの恋を後押ししたのも私だしね」
「えっ、マジで?」
「うん、ミラさんが八神君好きなのバレバレだったし」
 玲司の与り知らないところでいろいろと恋模様があったと知り複雑な想いになる。
「だから、今では二人を応援してる。じゃないと天界まで参戦しないって」
「まあ確かにな。そういや、あのとき助けてくれたルシフェル様とはあの後どうなったんだ?」
「別れたから知らない。掴みどころのない人だったし。今頃他の女の尻を追いかけてるじゃないかな?」
「無茶苦茶言ってんな。結構凄い方だったと思うんだが……」
 呆れていると携帯電話が鳴り、留真の顔つきも変わる。
「討伐依頼だな。場所は?」
「軽井沢、か。ちょっと遠いな」
「じゃあ俺は天使省か橘家の車で行く。レイはミラさんと飛んで先陣を切ってくれ」
「了解」
「私も橘先輩と行きますね」
「えっ、なんで美咲が?」
「復学の条件がデビルバスターになることだったの。まあ、言われなくても、これまでの贖罪もあって、やる気だったけどね。これからは同僚として宜しく」
 にこやかに手を振りながら去っていく美咲を呆然と見ていると、真上から天使化したミラが覗いてくる。
「うおっ、びっくりさせるなよ」
「今、美咲さんをじっと見てた。まさか、まだ好きとか?」
 屋上に降りながらミラは不機嫌そうな顔つきをする。
「なに言ってんだよ。俺はミラ一筋だって」
「本当かしら? 美咲さんを見る目、わりと真剣に見えたけど?」
「オマエ、わりと嫉妬深いんだな。意外だわ……」
 玲司の言葉でミラはしょんぼりし押し黙ってしまう。
(分かりやすいと言うか、子供っぽいと言うか、恋愛系になると無茶苦茶不器用になるな。ったく……)
「ミラ」
 両手を差し出し広げ、玲司は腕の中に迎え入れるポーズを取る。それを見た瞬間、ミラは即座に抱きつき玲司も優しく抱きしめる。
「命懸けで取り返しに行った女を手放すようなマネなんかしない。もっと俺を信じていいよ。天界でも言っただろ? ずっと一緒だって」
「うん、分ってる。でも、いつも側にいないと不安。こうしてる時が一番落ち着くの」
「分かったよ。じゃあ、高校を卒業したらすぐ結婚しよう。で、二人で一緒に暮らす。どう?」
 玲司の言葉を聞くとミラは抱きしめたまま、上空へときりもみ飛行する。高く上がると今度は左右に蛇行きりもみ飛行し、校舎の真上をぐるぐる回っている。
「おおおーい! なにやってんだ!?」
「嬉しいの! すっっごく嬉しいの!」
「分かった! 分かったから降ろしてくれ!」
「ええ~、やだよ、楽しいもの、嬉しいもの、幸せだもの!」
「おい! 任務、討伐任務はどうすんだよ! 早く降ろせって!」
 校舎の上空を抱きしめ合ったまま叫び続ける玲司を、校内の生徒は何事が起きたのかと上空を見上げる。討伐のため校舎の外に出た留真はその光景に苦笑いし、美咲は口を開けて唖然とする。
 ハートの形を描きながら飛行する二人の姿からは、天使の愛が溢れ返っており、その愛は全校生徒によって祝福されていた。
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