何度でもあなたをつかまえる
「まあ、そうだね。急ぐことでもないでしょう。……そうだ。雅人くん、いっそ、かほりの留守中、我が家に住まってはいかがですか?……そのほうが、かほりも安心してドイツに戻れるだろう?」

父の千秋は、2人にウインクしながら、そう提案した。


つまり……雅人がまた浮気しないように……父と母が監視するということ?


雅人は、何とも言えない顔でかほりを見た。

かほりは、ちょっとほほ笑んで首を傾げた。

「……それもいいかもね。とりあえず、食事には困らないわよ?楽器も充実してるし。」


楽器より、食いっぱぐれがないという点が、雅人の心を捉えた。

誇張ではなく、毎日の食事にも窮する状況だ。

……だからこそ、手料理を振る舞ってくれたりう子と結婚してしまった部分も否定しきれない。


「えーと……じゃあ……まあ……お世話になります。」

まだ状況に困惑しながらも、雅人は食べ物に釣られて頭を下げた。


「時間は守ってください。だらしないことはなさらないでください。目に余るようでしたら、すぐに出て行っていただきますから。」

そう言い置いて、母は部屋を出て行った。



兄もまた、父に頭を下げた。

「では、お父さん。ご迷惑をおかけいたしました。今夜はこれで失礼します。……かほりも、ケルンの男は整理してこいよ。」


「はあっ!?何をおっしゃるの!お兄さま!……そんな人、いませんからっ!」

真っ赤になって叫ぶ妹に、軽く手を上げて、千歳も部屋を出て行った。



「……まあ、同居人のことは置いといて……ヘル・クルーゲからも連絡があったらしい。かほりが、このまま辞めてしまうのではないかと心配してらっしゃるようだ。連絡さしあげて、安心していただきなさい。……演奏会の依頼で、かほりを呼び戻してつなぎ止めようと思ってらっしゃるようだよ。」

父の千秋はそう言って、ポンポンと雅人の肩を叩いた。

「お母さまも、ああ仰ってることだし、雅人くんはうちにいらっしゃい。やー、これから帰宅するのが楽しみだなあ。雅人くん、これからも仲良くしてくださいね。」


「……あれ、本当に……いいんすかねえ?」

雅人は、腑に落ちないらしく、いつまでも首を傾げていた。


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