何度でもあなたをつかまえる
お忙しいお立場でしょうに……ありがたいわ。

かほりは、鞄からスマホを取り出して、早速東出にメールを送った。

<まもなく始まるIDEAのライブ会場に東出さんの奥さまがいらしてます。私も1曲だけ弾くんですよ。ちょっと緊張してます。>


東出からの返信はなかった。






ライブが始まった。

昨年の再デビュー曲を大幅にアレンジして、より華やかに、よりパワフルに演奏していた。

そうかと思えば、次の曲ではギター1本でしっとりとハーモニーを聞かせている。


……飽きさせない工夫かしら。

モニターを食い入るように見つめていると、りう子が戻ってきた。

「かほりちゃん、東出先生から伝言。……あなたは緊張する必要ないわよ、って。指揮者の旦那様からメールが来たみたい。本当に親しいのね。ツーカーじゃない。」

りう子が苦笑しながらそう言った。

「東出さんたら、私に返信しないで奥さまに伝言させるなんて。……私、奥さまとはまだご挨拶したことないのよ。恥ずかしいわ。」

普通のご夫婦間の情報共有とは意味が異なる。

東出さんの奥さまは、現参議院議員なのに。


「うん。でも、東出先生、かほりちゃんにも尾崎にも興味津々みたい。旦那様がべた褒めしてるんだって。……大きい仕事に繋がるかも。」

りう子の目がキラキラと輝いた。

「大きい仕事?……あ……奥さま、元ジャーナリストだっけ。歌番組に出してくださるの?」

「単発のテレビ出演なんて、小さい小さい。……東出先生、今、文部科学大臣政務官なの。何かの大会のテーマソングとかイメージソングに推挙してもらえたら……すごくない?」

かほりは、りう子の狙いの大きさに驚いて、言葉を失った。

……実力はあっても無名のバンドに……そんな華々しい大役を斡旋できるのかしら。

「やっぱり緊張してきたわ……。」

かほりの手がふるふると震え始めた。




会場から地鳴りのような大きな拍手が沸き起こった。

1時間半のステージが終わったらしい。

「じゃ!かほりちゃん!健闘を祈る!」

りう子に背中を押されて、かほりはステージ奥……幕の後ろに隠して置いてあるチェンバロにスタンバイした。
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