何度でもあなたをつかまえる
要人は、かほりと談笑しながら、今度はするりと身をかわした。

ちょうどかほりの視界に領子が入った。

「……お義姉さま?」

みるみるうちに、かほりの瞳が潤んだ。


……ああ……まだ、私を……義姉(あね)と呼んでくださるのね……。

領子の胸がいっぱいになり……涙がこみ上げてきた……が……目の端に要人のしたり顔!

慌てて領子は、まばたきをして、背筋を伸ばした。

「ごきげんよう。かほりさま。」

取り繕ってそう挨拶すると、かほりもまた、慌てて背筋を伸ばした。

「ごきげんよう。領子お義姉さま……と、お呼びしてもよろしいですか?……お会いしたかったです……。」

かほりはそう言って、領子の前に歩み出て、そっと手を取った。

鎧を着けたはずの領子の心が、自分にも……娘の百合子にも、いつも優しく接してくれたかほりへの懐かしさに打ち震える。

「私も……。かほりさまのご活躍と、お幸せを陰ながらお喜びしておりました。……みなさま、お元気でいらっしゃいますか?」

かほりの笑顔が少し曇った。

あら……。

領子は、恵まれた環境と成功を獲得したかほりが、順風満帆というわけではないらしいと知った。

「お義姉さま……。この後、お時間ございますか?……色々お話しをうかがいたいと、ずっと……思っていました……。」

思い詰めたようなかほりの瞳に、領子はノーとは言えなかった。

「わかりました。……竹原。……代表。お部屋を貸りてください。」

領子はいつも通り、要人の苗字を呼び捨てにしてしまったことに気づき、申し訳程度に敬称を付けた。

要人は、恭しくお辞儀のようにうなずき、少し離れたところに控えた秘書に合図した。


既に、部屋は押さえてある。

最上階角のスイートルーム。

かつての義妹と心ゆくまでおしゃべりして旧交を温めるといい。

……その後は、俺と……。


野獣の様な欲望を映したほほ笑みを領子にだけ見せてから、要人は紳士然としてかほりに言った。

「お部屋の準備が整ったそうです。どうぞ。ごゆっくりおくつろぎください。」

「ありがとうございます。帰りの新幹線の時間まで……御言葉に甘えさせていただきます。」

領子は、無表情のまま要人に会釈して、パーティー会場を後にした。
< 173 / 234 >

この作品をシェア

pagetop