何度でもあなたをつかまえる
『俺は他人の葬儀でも泣いたよ。……いっちゃんも泣いていいんだよ。』

ボストン留学中の従兄で恋人の千尋(ちひろ)が、PC画面の向こうでそう言った。

「ちろは優しいから。……それに、天花寺(てんげいじ)のおじさまは、素敵なかただったし……私も悲しかったわ。」

千尋とゐねが8才の時、天花寺家の当主恭風(やすかぜ)氏が亡くなった。

千歳の前妻の兄なので2人にとって血縁ではないが、もともと家同士の付き合いもあり、千歳が恭風を慕っていたこともあり、通夜にも告別式にも家族総出で参列した。

そう……厳密には親戚ではないものの、ちゃんと丁重に席を準備してもらっていたのだ。

なのに、血縁のはずの祖父母の葬儀は、通夜だけを、一般弔問して帰らなければいけない。

ゐねには、自分が、自分達橘家が軽んじられているように感じて、我慢ならなかった。

どうして、母と自分を捨てた男のために、身を隠し続けなければいけないんだろう。

芸能人だから、人気商売だから……。

そんなの、いつまでも通用しない。

むしろ43才なら、結婚しててもおかしくないはずだ。


現に、雅人以外のメンバーは結婚を公表した。

……茂木は売れる前に結婚していたしキャラ的に隠す必要もなかったが、一条は16才歳下の女子大生との結婚と子供の存在を隠し切ることができずバレて渋々公表した。

最後の砦の雅人は、本当はバツ3子持ちだが……世間的にはずっと独身、親しいはずのメンバーでさえバツ2で子供はいないと思われている。

ゐねの存在は、雅人の経歴的には完全になかったこととなっているのだ。


「もう、やだ。ただでさえ日本にいたらあの男の情報が嫌でも耳に飛び込んで来るっていうのに……今さら同じ空間に行くとか、拷問。もう1年長生きしてくださったら、行かなくてよかったのに。」

『不謹慎だよ。いっちゃん。……亡くなったかたに、罪はないでしょう?』

やんわりと、千尋がゐねをたしなめた。


来年の夏、ゐねもボストンに音楽留学が決まっている。

東出がボストン交響楽団に招聘されると聞き、ゐねは留学先をロンドンからボストンに変更した。

父の影から逃れたい一心の留学だったが、千尋や東出達と同じ街に住むことができるのは楽しみでしかたない。
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