何度でもあなたをつかまえる
まさか、産むとは微塵も思っていなかった雅人は、絶句してしまった。

「産休は取らせてね。初産だし。でも、私が産んで私が育てるから。尾崎には関係ない。認知もいらない。」

たたみかけるようにそう言ったりう子に、雅人は慌てて反論した。

「関係ないわけないだろ!てか、なんでそうなるんだよ!滝沢さん、別に俺のこと、好きでも何でもないじゃん!」

さすがにりう子は失笑した。

「……あほちゃう?尾崎だけを好きとか嫌いとか意識してたら、マネージメントなんかできひんわ。私はIDEAが好きなの。」

雅人は、どうあっても堂々としているりう子に太刀打ちできなかった。



一旦は、追い出されるようにりう子の部屋を出た雅人は、帰り着いたマンションの自分の部屋の戸を開けようとして……手が止まった。

電気の消えた暗い部屋に帰る淋しさが、雅人を駆り立てる。


俺の子だぞ。

認知とか、そんな問題じゃないだろ。

子供には両親が必要だ。

ろくでもない親でも、片親より、両親のほうがいい。


雅人はある日突然出奔した母親を想い続けた少年時代を思い出した。


ダメだ。

ほっておけるか!


雅人は、夜の街を焦燥感にかられて走った。

真冬の真夜中は息まで凍りそうに寒い。

走っても走っても、冷たい風に耳が痛んだ。


区役所の夜間窓口には、まさに今、婚姻届を提出するカップルがいた。

目に見えて少し膨らんだ彼女の腹をいたわるように、男が抱き寄せて支えていた。

今はぺったんこなりう子の腹も、すぐにこうなってしまうのか……。


雅人は、婚姻届の用紙をもらうと、スマホで写真館の予約をした。

ハッキリ言って、雅人は日々の食事にも困るほどお金がない。

披露宴どころか、挙式もできない。

とりあえず、写真だけでも撮って……あとは、出産後に考えよう。

子供が生まれるまで、10ヶ月?

「まあ……何とかなるだろ。」

雅人はそううそぶくと、再び夜の街を走り出した。



りう子はまだ起きていた。

「こんな夜中に、ジョギング?……風邪ひくわよ。尾崎はプロ意識、足りなさすぎ。」

いつものように手厳しいことを言ながらも、情の深さと優しさが伝わってくる。

ただ、その目が赤い……。

泣いていたのだろう。

雅人はりう子に対して、初めて庇護欲にも近いものを感じた。

いつも甘えるばっかりだったのに……今は……守ってやりたい……と……。



白い息を弾ませて、雅人は訴えた。

「結婚してほしい!子供には父親も必要だ!……そう言おうと思って来て見たけどさ……滝沢さんにも、夫が必要だよ。俺、知っての通り、金ないけどさ、滝沢さんと、子供と、家族になりたい。」
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