短篇集
ニジイロ
夕立が止んだ、昼下がりのことだった。
先程までの土砂降りが嘘みたいに、カラッと晴れたその日。雨のおかげで些か下がった気温の中、僕は上機嫌で散歩をしていた。
夏特有の蒸し暑さは残るものの、この季節のこの時間にしては随分と過ごしやすく、心地よいものだから、鼻歌なんか歌いながら、真っ青な空を眺めていたんだ。
ふと見つけたのは、青の中を走る一筋の七色。虹だ。
真ん中付近で途切れていたり、なんてのがざらな虹だけど、その日の虹は綺麗なアーチ型を描いていて。とても美しかった。
これも、雨のおかげだな、などと、普段は嫌うわりに都合の良いことを考えながら、七色を見ていた。

「きゃあああ!!」

刹那、響いたのは女の子の悲鳴で。それはどうも、僕から見て虹と反対方向にあたる、崖の上から聞こえるらしかった。
崖といっても高さは3メートル程度のもので、僕は、自分のそれをすっぽり隠してくれる崖の影にそって歩いてきたわけだ。
何事かとすぐ後ろにあった崖の上を見上げると、相変わらず響く女の子の悲鳴がだんだん大きくなって、がたん、大きな音がしたかと思うと、突然そこへ姿を見せた歪な虹が、僕目掛けて落ちてきた。

「うわあああっ!!」

がしゃーん、上から降って来た虹と僕は、図ったかのように衝突し、目前に火花が飛ぶほどの激痛にしばらく地を転げ回るはめとなった。
ようやく痛みも治まり、そろそろと顔をあげると、ボロボロになった虹から、女の子が一人、ちょうど起き上がるところだった。
ヘルメットやすねあて、ひじやひざまで、なかなかに重装備をしている彼女だったが、崖から落ちればさすがに痛いらしく、生理的に流れ出た涙を、手の甲で乱暴に拭っていた。ところどころ出血も見られる。
どうやら、落ちてきた虹は、その女の子の自転車だったようで。本当は銀色、メタリックに輝くそれに様々な色の光が反射して、虹色に見えたらしかった。

「…大丈夫?」

本来ならば、被害者であるのは僕のほうで、僕こそこんな気遣いの言葉を投げ掛けられるべきなのだろうが、軌道が僅かにそれていて、大事には至らなかった僕と、崖から落ちた彼女。どちらが痛いか、と聞かれればそれは彼女のほうなわけで。僕は挫いてしまった足をひきずりながら彼女のもとへと近付いていった。
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