キミ専属
はじまり
 あの電話が届いたのは今からちょうど30分前。
あれから30分が経っても私はプカプカと空を飛んでいるような気分だった。
…だって、信じられない。
私が芸能マネージャー採用試験合格だなんて…!!!

━━━畑中 梅 22歳。私が芸能マネージャーになりたいと思ったのは中学1年生の夏だった。昔からメインで動くよりもサポート役が好きな私は、野球部のマネージャーとして野球部員たちのサポート役に徹してきた。そんなある日のことだった。野球部のエース、裕紀先輩が私にこう告げたのは。
「梅ちゃんってマネージャー向いてるよね。将来芸能マネージャーとかになったらいいのに」
…今思えば、あれはただのお世辞だったのかもしれない。
私をからかって言っただけなのかもしれない。
例えそうだとしても、裕紀先輩がくれたその言葉は、消極的だった私に夢と希望を与えてくれた。
 それからというもの、私は休み時間や放課後などの時間をほとんど芸能マネージャーについての情報集めに費やした。学校の先生や両親、友達に聞き込んでみたり学校のパソコンで調べてみたり。とにかく色んな手段を使って調べまくった。
 でも、調べてみて分かったのは厳しい現実。
「ば、倍率100倍…!?」
お昼休み、いつも通り担任の先生からPC室の鍵を借りて調べものをしていた私は、パソコンの画面を前に目を丸くした。
見間違いだよね…?と目をこする。でも、相変わらず画面には「倍率100倍」の文字。
「あ…ありえない…」
がっくりと肩を落とす私。昔から勝負ごとには強くない。そんな私が100倍なんていう高倍率を勝ち抜けるはずがない。
この時私は12歳にして初めて「挫折」を知った(苦笑)。
 このあと、私はこれまたいつも通りに帰りのホームルームを終えると、グラウンドに向かった。結構早めに来たはずなのに、既にグラウンドでは裕紀先輩が素振りの真っ最中。さすがだなぁ…と思いつつ裕紀先輩に声をかけた。
「裕紀先輩、お疲れ様です!」
すると、笑顔の裕紀先輩が振り返った…と思いきや、裕紀先輩の顔が一気に驚いているような表情に変わった。
…え?もしかして私、なんかヘン!?
「どうしたの梅ちゃん」
裕紀先輩が言う。
「な、なにがでしょうか…!?」
「顔色悪いよ」
顔色!?うそ!
私、体調崩すことなんてなかなかないんだけど…なんで!?
あたふたしている私にバットを地面に置いた裕紀先輩が言った。
「とりあえず、保健室に行こう」

 野球部のユニフォームに身を包んだ裕紀先輩と並んで学校の廊下を歩く。
「………」
「………」
なんだろうこの沈黙。なんだろうこの気まずさ。
いつもより顔色が悪い私が言えることじゃないかもしれないけど、今日の裕紀先輩はなんかちょっとヘン。さっきだって「おぶってあげようか?(笑)」なんてニヤニヤしながら言うし。…全力で断っておいたけどね!
…でも、私が断ったあと、裕紀先輩はなんでか悲しい顔してたな。どうしてだろう?
そんな考え事をしていたら、いつの間にか保健室の前に着いていた。
「じゃあ、俺は練習に戻るね。ゆっくり休んで」
裕紀先輩はそれだけ言うと、グラウンドに向かって走り去っていく。私はその背中に向かってできるだけ大きな声で言った。
「ありがとうございましたー!」

 保健室で熱を測ったら37.4℃の微熱があった。野球部のみんなに移しちゃいけないから一応保健室で休んではいるけど、微熱があるなんて全然気付かなかったし、具合が悪いって感じも全然しない。そんなことより…
『保健室の先生ってこんなに美人さんだったんだ!』
私は目の前にいる保健室の先生に目が釘付け。くるんと内巻きになった肩くらいまでの長さの胡桃色の髪。大きくてキラキラしていて、今にも吸い込まれちゃいそうな瞳。細くて長くて、モデルさんみたいな手足。香水だろうか。薔薇のようないい香りもする。
すると、私の視線に気付いた保健室の先生がクスッと笑った。
「畑中さんどうしたの?」
「あ、えっと…先生綺麗だなって」
「なにそれ」
先生が笑う。なんかもう仕草の一つ一つが可愛い。
「そういえば畑中さんが保健室来るのって初めてよね?」
「はい。あんまり体調崩したことがないので」
すると先生は首を傾げた。
「じゃあどうしていきなり体調崩しちゃったんだろうね。最近何かあった?」
「んー…」
私は心当たりを探す。その結果、思い当たるのはやっぱりアレだった。
「将来の夢を見つけたんです。でも、その夢は叶えるのが難しい夢で…。私、どうしようって思って…諦め…」
「諦めるのはまだ早いよ」
私が言い終わる前に先生が言った。
…え?
下を向いていた顔を上に上げると、力強い表情をした先生の顔が見えた。
先生は続けて言う。
「畑中さんはまだ中学1年生でしょ?まだまだこれからよ。この先の人生、どんなことが待っているか分からないんだから。自分の可能性を自分で決めつけてはだめ」
「先生…」
先生は一体何歳なんだろう。20代前半くらいに見えるけど、先生の言った言葉は人生経験が豊富な熟年の教師が言いそうな言葉だ。
私は先生の言葉を噛み締めるように大きく頷いた。
「先生、わかりました。私、まだ諦めません!」
そう言った私の顔を見て先生が笑う。
「今の畑中さん、いい顔してる。さっきと全然違う」
その日から、私は気持ちを切り替えた。

 次の日、

「「「さよーならー!!」」」

ガタッ!!
ホームルームが終わると同時に私が立ち上がると、近くの席に座っているクラスメイト達はビクッとした。
…やば。勢いよく立ちすぎた。
「みんなビックリさせてごめんね!また明日!」
私はそう言うと、急いでグラウンドへ向かった。
今日は暑いから、早く冷やしタオルを用意しないと…!!

 グラウンドに着くと、いつも通り裕紀先輩が素振り中。
「お疲れさ…」「梅ちゃん!」
私がお疲れ様ですを言い切る前に裕紀先輩が素振りをやめて私の名前を呼ぶ。
「昨日、大丈夫だった…?」
すごく心配そうに私を見る裕紀先輩。裕紀先輩の顔を見て、私は申し訳なく思った。
心配、かけちゃった。
「はい、大丈夫です。ちょっと微熱があっただけで。今はもう元気です!」
裕紀先輩に向かって即興で作った元気ポーズをする私。我ながら変なポーズ。だけど、どうしても今は元気だっていうことをアピールしたかった。
「ぷっ」
裕紀先輩が笑う。
「ははは…っ!ならよかった」
どうやら元気だということが伝わったみたいだ。
私もよかった…!
ほっとひと安心する私。…ん?なんか忘れてるような…
「あ!」
ひと安心してる場合じゃない!冷やしタオルを用意しないと!!
「冷やしタオル用意してきますね!」
そう言って裕紀先輩の側を離れようとしたその時だった。裕紀先輩が私の右腕を掴んだのだ。
「…?裕紀先輩?」
「梅ちゃん、二週間後の俺達の引退試合で、もし俺達が勝ったら伝えたいことがあるんだ。絶対勝つから覚悟してて」
…え!これってもしかして…
いや、それはないな。まさか裕紀先輩が…
私は頭の中でぐるぐる考える。でも、裕紀先輩の伝えたいことが何であるにせよ、私に伝えたいことがあるっていうことが裕紀先輩のモチベーションを上げるならそれはそれでいいかも。裕紀先輩の最後の試合だもん。私だって勝ってもらいたい!
覚悟を決めた(?)私は裕紀先輩に笑ってみせた。
「わかりました!」

 それからの二週間、裕紀先輩は1日のうちのほとんどの時間を練習に費やすようになった。裕紀先輩がそこまで頑張っていたのは私に伝えたいことがあったからなのだろうか。その答えは、22歳になった今でも私は分からない。なぜなら、裕紀先輩達は試合に負けてしまったから…
 裕紀先輩が最後に私に言った言葉は「ごめんね」だった。その時の裕紀先輩の声は震えていて、今にも泣きそうだった。いや、もしかしたら泣いていたのかもしれない。私はそんな裕紀先輩の痛々しい姿を直視することができなかった。
 裕紀先輩との別れは今でも胸が苦しくなるほど、辛い別れだった。だけど私は、裕紀先輩に出会えたことを今でも感謝している。裕紀先輩に出会えていなかったら今の私はたぶんいない。

裕紀先輩、ありがとう。私、芸能マネージャーになりました。
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