キミ専属
 「裕紀先輩、私、今もこれからもずっと裕紀先輩の気持ちには応えられません」
はっきりとした口調でそう言うと、裕紀先輩は悲しげな顔でこう返した。
「なんで?」
私は迷いなくこう答える。
「大切な人をずっと幸せにするって決めたんです」
それを聞いた裕紀先輩は悲しげに「そっか」と呟いた…かと思えば、フッと笑ってこう言った。
「梅ちゃんの雰囲気的に、振られることはなんとなくわかってたよ」
「え…!」
「だからさっき梅ちゃんの話を遮ってたんだ。我ながら大人げないことしたよ。ごめんね、梅ちゃん」
素直に謝る裕紀先輩を見て、私は中学時代を思い出した。
━━━中学時代、裕紀先輩はいつも私の変化に敏感だった。
自分でも気づかなかった私の仕草や癖、顔色の変化に裕紀先輩はいつもすぐ気づいていた。
『…私、やっぱり裕紀先輩には何も隠せないんだな』
私は思わず頬を緩めてこう言った。
「今もそうですけど、裕紀先輩はいつも私の変化にすぐ気づいてくれますよね」
すると、裕紀先輩は少し照れたようにこう言った。
「そりゃあ、ずっと梅ちゃんのこと見てたし。それに、梅ちゃんはわかりやすいからね」
「え!私、わかりやすいんですか!?」
そう聞き返す私に、裕紀先輩はクスクス笑いながらこう返す。
「わかりやすい。梅ちゃんの好きな人も梅ちゃんの変化にすぐ気づいてると思うよ」
私は「んー…?」と少し考えたあと、こう言った。
「たしかに考えていることがバレることはありますけど、裕紀先輩ほどではないですよ」
それを聞いた裕紀先輩は優しい笑顔でこう言った。
「きっと梅ちゃんがそれに気づいてないだけだよ」

 …すると、その時「お待たせしました」という店員さんの声がして、私達のテーブルにハチミツドーナツが2つやってきた。

『ハチミツのいい香りがして美味しそう…!!』
思わずニコニコ顔になる私に裕紀先輩が言った。
「やっぱりわかりやすい」
「ゔっ」
「ま、食べよっか」
笑いながらそう言う裕紀先輩に私は笑顔で頷く。
「「いただきます!!」」


 ━━━時間はあっという間に過ぎていき、外はもう真っ暗。
私は“これが最初で最後だから、駅まで送らせて”という裕紀先輩のお言葉に甘えて、裕紀先輩と並んで夜道を歩いていた。
すると突然、裕紀先輩が口を開いた。
「俺、中3のとき引退試合に勝ったら梅ちゃんに告白しようって決めてたんだけど、梅ちゃんは気づいてた?」
突然の問いかけに戸惑いつつも、私は頷く。
「うっすら気づいてました」
それを聞いた裕紀先輩は、空を仰ぎながら言った。
「だけどあの試合、ボロボロに負けたんだよなぁ。自分が情けなかったし、悔しかったよ」
掛ける言葉が見つからない私は、ただ裕紀先輩の横顔を見つめる。
…引退試合に負けた直後の裕紀先輩はひどく痛々しくて、あの時も私は掛ける言葉が見つからなかった。
無言の私に裕紀先輩はこう続ける。
「だからあの時決めたんだ。大人になったら野球選手になって、いつか梅ちゃんと再会する時に今度こそ堂々と告白するぞって。……まあ、野球選手にはなれなかったけど」
今まで一度もそんなことを聞いた事がなかった私は、驚きの表情を浮かべる。
すると裕紀先輩が今度はちゃんと私の目を見てこう言った。
「でも良かった。何はともあれこうして再会できたし、ちゃんと告白できたし、梅ちゃんは自分の夢を叶えていたし。…もう満足だよ。今までありがとう。幸せになってね」
それを聞いて潤む私の瞳。
私は震える声で「ありがとうございます」とひとこと言った。
そんな私に裕紀先輩は少し残念そうな声でこう言った。
「着いちゃったね」
それを聞いた私は辺りを見回す。そこは駅の前だった。
思わず名残惜しい顔をする私に裕紀先輩は言った。
「そんな顔しないでよ。俺、いけないことしちゃうかもよ?」
『…え?いけないこと?』
そう思った瞬間だった。
私の唇に重なる、裕紀先輩の唇。
裕紀先輩の唇はほんの一瞬だけ重なり、すぐ離れていった。
状況が理解できず、目をぱちくりさせる私に裕紀先輩は「じゃあね」とだけ言って去っていった。
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