キミ専属
 思わぬ真実を知り、スタジオの片隅で号泣する私。周りにいる撮影関係者の方々は自分の仕事に集中しているため、誰も私が泣いていることには気付いていない。…水瀬さんを除いては。
「でも良かったんじゃない?あなた、翔太のこと好きじゃないんでしょ?もし好きになってたらあなたもあの女と同じく事務所をクビになるんだろうけど」
恐ろしい笑みで水瀬さんが言う。
…そうだよね。芸能人とそのマネージャーが恋愛をすることは御法度とされている。だから、事務所をクビになるのも当然のことなんだよね…。
そんなこと分かってる。
分かってる…けど…
『好きになっちゃった』
その言葉を心の中で呟くと、私の目からまた溢れ出す大粒の涙。
そんな私を見てクスクスと笑う水瀬さん。
笑われるのも当然だ。仕事中に泣くなんて、私、なんて大人げないんだろう。
私は自分を責めることしかできなかった。
…するとその時。
「梅ちゃんに何をした?水瀬」
冷たい、翔太さんの声がした。
私はその声にビクッとして下を向いた。
今は会いたくなかったのに…。
「別に何もしてないけど?」
からっとした態度でそう言った水瀬さん。
…だけどそれで翔太さんの怒りが収まるはずはなく。
「嘘つくんじゃねえ。じゃあなんで梅ちゃん泣いてんだ?」
翔太さんはそう言って水瀬さんを問いただす。
こ…恐い…。
あまりの恐怖に私の涙も引っ込む。
しかし、水瀬さんはそれに怯むことなくこう言った。
「なんで泣いてるかなんて知らない。あたしはただ泣いてる梅ちゃんを励ましてただけだよ」
「嘘つくんじゃねえって言ってんだろ」
今にも水瀬さんに殴りかかりそうな気配を醸し出す翔太さん。
私の顔はみるみるうちに青ざめていく。
これこそが修羅場だ。
すると、水瀬さんはハァ…とため息をついたあと、翔太さんに向かってこう言った。
「翔太はさあ、人のこと疑うより自分のこと疑ったほうがいいんじゃない?翔太にとっての梅ちゃんって玲子の代わりなんでしょ?梅ちゃんが可哀想だって考えたことないの?」
…“玲子”
きっと翔太さんの以前のマネージャーさんの名前だろう。そして、翔太さんと禁断の恋に落ちて事務所を去ることになった、私にそっくりな人…。
『玲子さんっていうんだ…』
私の胸はチクッと痛む。
…その時だった。
「…水瀬、そのことを梅ちゃんに話したのか…?」
先程までの鋭い声とは違った、翔太さんの弱々しい声が聞こえた。
あまりの声の変貌っぷりに『どうしたんだろう』と思った私は、俯いていた顔を上に上げた。そうして見えたのは翔太さんの悲しそうな顔。
「話したよ。翔太が梅ちゃんを玲子の代わりにしてるのが見てられなかったんだもん。…梅ちゃんは玲子じゃないよ。あたしのところに帰ってきてよ」
そう言った水瀬さんの顔もどこか悲しそうだ。きっとそれだけ翔太さんのことが好きなんだろう。…別れてからもずっと。
ズキン…ズキン…
音を立てて痛みはじめる私の胸。
2人の悲しい顔はもう見たくないって心が叫んでる。
…翔太さんにとっての私はただの代わり。
そして私はおとといまで翔太さんのファンだっただけの人。昨日奇跡的に出逢って、専属のマネージャーになって、恋に落ちた。
翔太さんへの想いの強さも、想っている時間の長さも、水瀬さんには完敗だ。
私なんかが翔太さんを想う資格なんてないのかもしれない。
『…決めた』
私はこの時、ある決意をした。
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