あの春、君と出逢ったこと



『これ?』



翠の言った右のやつである桜の浴衣を少し上に上げ、首をかしげる。



『そう、それ。

どうかしら⁇』




私に頷いた翠が、椅子から立ち上がり、私の手から浴衣を取って私に当てる。


そのまま、翠に鏡を見ろと言われ、鏡に目を移して、鏡越しに翠を見て笑う。




『うん、これがいい‼︎

翠、ありがとう』



『決まったなら、早速レンタルしましょう?
そろそろ時間よ』




そう言って自分の浴衣を持って受け付けに向かう翠の後ろを、選んだ浴衣を持って小走りでついていく。



『2着レンタルですね』



店員さんの言葉に頷き、お金を払って試着室に入る。


私、浴衣自分できたこと無いんだけど、翠はあるのかな……⁇



試着室に入ったまま、ボーッと固まっていた私の隣で、何事も無かったかのように動いている翠に視線を向ける。


『て……はやっ』


私が翠を見たのと同時に、帯を締めた翠を見て思わずそう声を上げてしまう。



だって、着るの早すぎだよね?

神業だって。




『……これで良いかしら』


着終わった翠が私に見せるため、その場で一回転した翠。





『……翠、綺麗すぎる』





そんな翠に一言伝え、顔を逸らす。


だってもう、鼻血出そうなんだもん……。



綺麗すぎるの、翠‼︎


『……栞莉……は着れないわよね』



未だに服を着たまま、浴衣を片手に翠を見て固まっている私を見た翠が、ため息をつきながらそう言った。



『なっ、なんか、それ、酷いよ翠!』



『なら1人で着てみなさい』




翠の言葉に反論した私を、華麗にスルーした翠はやっぱり私よりも一枚上手なんだと思う。



でも、やっぱり着れないものは着れないし。



翠さまにお願いするしかないね!




『翠、お願い!』


翠の目の前に浴衣を突き出し、笑いながらそう言う。


そんな私を見て、一瞬固まった翠は、私から浴衣を受け取り口角を上げてニヤリと笑った。





『私が良いと言うまでに動いたら……許さないわよ?』



脅し口調でそう言った翠から思わず数歩後ずさって、思いっきり頭を上下に振った。


怖いっ、怖いって翠!



< 101 / 262 >

この作品をシェア

pagetop