あの春、君と出逢ったこと



『じゃあ、煌……君』


そんな朝倉君に折れ、一応君付けで名前を呼ぶ。



『君付けはやめないんだな』



そう言って、少しだけ口角を上げた煌君に、また一瞬、固まってしまう。



……普段無表情の人が笑うのは、本当に綺麗だ。


昔、お母さんからそんな事を聞いた気がする。



お父さんも、大抵は無表情だから。




『……夏川⁇』


『あっ、私も、栞莉で良いよ、煌君』



また固まった私に聞き返してくる煌君に、慌ててそう返事する。



『分かった。

栞莉って呼ぶ』



そう言って笑った煌君と同時に、数学の終わりを告げる鐘が鳴り、慌てて翠の席に逃げる。





休み時間が終った後の授業も、その後の授業も、さりげなく煌君が教科書を見せてくれる。



そうやって、なんとか午前の授業の終わりの鐘を迎えた。



『栞莉。お昼、食べましょう』



その鐘が鳴り終わってすぐ、お弁当を片手に、私の席に来た翠に頷く。



良かった。

お昼ごはん、1人になると思ってたから。


『あ、翠チャン、夏川チャン、俺らもいい⁇』



その様子を見てか、煌君の席に来ていた、朝の、煌君の隣にいた人が声をかけてくる。



『おい、快斗』

『良いじゃん良いじゃん。

な? 夏川チャン』



煌君の制止をよそに、私に振ってくるその人に、苦笑いを浮かべる。




そこ、私にふられても困るよ……。




『快斗、栞莉が困ってるわ。

ごめんね、栞莉。
コイツは佐藤快斗』



そんな私を見かねてか、私と男の子の間に入った翠が、そう教えてくれる。


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