初恋
第十二話 告白

 翌日、教室内で直美を見るも向こうは一切目を合わそうとしない。
(こりゃあ、徹底的に避けられてるな、しかも手紙も紛失して返事の書きようもないし……)
 昨晩、深雪に言われた通り、手紙の返事を書こうと押し入れ捜索を敢行するがあえなく撃沈。小学生の低学年くらいの教材やらなんやらは、中学生に上がると同時に全て処分し何一つ残っていない。おそらくその過程で紛失したのだろう。
(ダメだ。手の打ちようがない)
 直美を見ながら溜め息を吐く姿に雄大がニヤニヤしながら肩を叩く。
「どんまい!」
「オマエにどんまいだよ!」
「まぁ、そう怒んなって。川合さんは倍率が高い。修吾のようなゴリ……、いやマッチョメンには釣り合わねぇよ」
 腕組みをしながら一人納得する雄大が、この後大変な目に遭ったことは想像に難くない――――


――放課後、首筋が痛いと喚く雄大を尻目に修吾はさっさと校舎を後にする。あまり気は乗らないものの、仕方なく所沢方面の通学路で直美を待つ。本来帰宅する道とは全然異なる通学路だが、基本的に白黒はっきりつけないと気の済まない性分なのだ。
 下校時で人通り多い商店街の町並みを、自販機に寄り掛かったまま漫然と眺める。中には小さな子供が母親のスカートを掴んで駄々をこねている姿も見られる。
(俺も昔、あんな頃があったんだよな)
 小学生の頃、実の母親に捨てられてから修吾の中に母性を求める心は消失した。代わりに強く芽生えたのが、自身が誰よりも強くなることと深雪を想う深い気持ち。
 何事にも囚われず、ただひたすらにその人を求める。動機付けも必要のないくらい、修吾の中で深雪の存在は大きくなっていたのだ。
(まあある意味、母親みたいな人なのかもしれないな)
 修吾は自分の中にある奇妙な考えに苦笑する。ふと、自販機の横を見ると、いつの間にか見慣れた女子中学生がこちらを見ている。
「そこにいると買いづらいんですけど」
「あっ、悪い」
 少し離れると直美は硬貨を投入し自販機のボタンを押す。取り出し口からペットボトルを取り出すと、直美は黙ってそれを差し出す。
「いいのか?」
「何か話あるんでしょ? ここ、修吾の家とは正反対だし」
「ああ、ちょっとな」
「この先に公園あるから、お茶飲みながら話そう」
 直美は自分の分のお茶を買うと先を歩き始める。ほどなく歩くと、言ったようにこじんまりした公園にたどり着く。人気の遊具であるブランコには複数の児童が集まっており、その姿を横目に見ながら、少し離れたベンチに並んで座る。子供たちのはしゃぐ様子をしばらく黙って見つめていると、直美の方から話し掛けてくる。
「子供、可愛いね」
「そうだな」
「小さな頃、修吾って公園でよく泣いてたよね」
 直美はからかうように修吾を見る。
「知らん、昔過ぎて覚えてない」
 お茶を飲む動作でごまかすが、直美にはバレバレで含み笑いをされる。
「ま、そういうことにしといてあげる。で、話って何?」
「ああ、昨日の手紙のことなんだけど、帰って押し入れとか探したんだが、結局見付からなかったんだ。手紙の存在を忘れてたわけじゃないんだが、どうも見つかりそうもない。すまん」
 素直に頭を下げる様子に直美は笑顔で切り返す。
「ホント律儀ね。昨日も言ったけどもういいよ」
「でも、大事な内容だったんだろ?悪いことした」
「いいって」
「内容なんだったんだ? 気になって仕方ない」
「んっ、それは……」
 昨日同様、内容の件に話しが及ぶと直美は口ごもる。じっと顔を見つめる修吾に、直美の心拍数は上がる。
「子供の頃の話しだから、その、若気の至りみたいなところあるし……」
 妙な話し方に修吾はいぶかしがる。
「言ってる意味が分からないんだが」
「うっ、だよね。あのね、え~っと……」
「うん」
「その……」
 直美は下を向いたまま、覚悟を決めてぎゅっと目を閉じる。
「いつか私をお嫁さんに貰って下さい。お返事待ってます、って書いた……」
 顔を真っ赤にしながら直美は言う。修吾は特に感慨もなくそのまま直美を見つめている。
「あの、あれだから、子供の頃の話だから! 気にしないで」
「えっ? でも八年間返事待ってるって言わなかったか?」
「うっ、それは……」
「今でも俺を好きなのか?」
 デリカシーのない修吾の言葉とストレートな言いように、直美の頭の中は混乱気味になっている。
「す、好きよ。悪い?」
「いや、別に」
「別にって何よ? 別にって。もっと何か言いようないの?」
 あまりの素っ気なさに直美も少しキレる。
「いや、なんて言うか。そうだな、意外と言うか。八年も会ってなかったし、美人だから俺なんかとは釣り合わないな~とは思う」
「そ、そう……」
「すまん、俺こういう恋愛関係に疎くて、上手く言えないんだ。昨日も深雪さんに怒られた。もっと女性に思いやりを持ちなさいって」
「深雪さん……」
「だから出来るだけ直美に対しても向き合おうと思って今日待ってた」
「……修吾は私のことどう思ってる?」
 浮かない顔で直美は見つめる。
「正直に言った方が良いよな?」
 頷く直美を見て修吾も覚悟を決める。
「俺は深雪さんが好きだ。他の女性と付き合うつもりはない。彼女が、俺の全てなんだ」
 きっぱり言い切る修吾を見て、直美は何故か笑顔になる。
「直美?」
「知ってたよ。修吾の気持ち」
「えっ?」
「私と深雪さんってホントずっと仲良くって、お互いに好きな人も一緒だった。だから、二人で競うように女を磨こうってこれまで来たの。言わばライバルであり親友みたいな感じ」
 修吾は黙って耳を傾ける。
「でも中学生くらいになって修吾の生い立ちや、深雪さんとの約束を詳しく聞いて思ったの。ああ、二人の間には入れそうにないな~って。その気持ちを隠さず深雪さんに話したら、恋愛ってそんなに簡単なものじゃない、時間の流れで人の想いは変わる。どれだけ相手の事を想い続けられるかが大事だ、って教えてくれたの」
(深雪さんらしいな……)
「もちろん深雪さん自身も修吾を諦めないし、私も諦めない。そうやって今まで切磋琢磨してきたの。修吾が深雪さんとの約束を守り続けていたら私の入る余地はないと考えてたから、昨日大宮駅で話す二人を見たとき私はきっとダメだろうなって思った」
 お茶を飲むのも忘れ、直美は自分の想いを語り続ける。
「あっ、でもね、ダメだと思っているのは今だけよ?」
 ニコッとする直美に修吾は戸惑う。
「どういうことだ?」
「さっき言ったように、人の想いは時と共に変わるもの。特に初恋って叶わないのが普通でしょ? いつか修吾の気持ちが変わるかもしれない。深雪さんの気持ちが変わるかもしれない。私自身の気持ちも変わるかもしれない。誰かの想いが少しズレただけでも、恋愛は成立しないと思う。今、修吾の気持ちが百パーセント深雪さんに向かっていたとしても、こうやって私と会って話してくれることで、一パーセントくらい私に引き寄せることが出来るかもしれない。だから、少なくとも私自身の想いが変わるまでは、ずっと貴方を想い続けてみます」
 直美の長い告白に、修吾の気持ちも否応なく揺れ動く。
「直美が言ってる想い、凄く伝わったよ。俺ってもしかして幸せ者?」
「アハハッ、間違いなく幸せ者よ」
 直美の笑顔に修吾もつられて笑う。
「だよな。なんか申し訳ない」
「ホントだよ。こんな美人を振るなんて考えられない」
「それ、自分で言うか?」
「言うよ。だって事実だもの」
「感じ悪りぃ~」
「ご心配なく。修吾以外の人の前ではちゃんと猫被りますから」
 ニヤリとする直美に苦笑せざるを得ない。公園内で遊んでいた子供たちは、いつの間にか帰宅の途に着いているようだ。
「告白してスッキリしちゃった。修吾は深雪さんに告白した?」
「えっ? いや、う~ん、どうだろうか?」
「まだなのね。ま、いいわ。敵に塩は送らない主義なんで。フラれたらお早めにご連絡下さい」
 頭を下げる直美に、なんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
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