初恋
第二十二話 心理戦(直美編)

 十月、修吾との関係は良好なまま一ヶ月以上経過した。恋愛関係に半ば見切りをつけ、良い友人、良いクラスメイト、良い幼なじみを演じることで今日に至る。
 それにつれて深雪とも距離を置き、関わらないようにしていた。修吾との話を笑顔で聞いて応援できる、そこまでの大人に成り切れそうにないからだ。
(今日もいつもと変わらない日常が始まる。そろそろ修吾が来る頃か)
 友人とおしゃべりしながらも、頭の中のどこかにいつも修吾がいた。教室のドアが荒々しく開く音と共に、修吾が真っ直ぐこちらに来る。机の回りにいる友人を無理矢理掻き分け、正面に立ちはだかる。
(な、何? 何なの修吾?)
「何か御用かしら加藤君?」
(一応、冷静に対応しなきゃ)
「直美、大事な話がある。ちょっと来てくれ」
(何言ってんのコイツ!? これじゃあ思いっきり告白パターンじゃん!)
 修吾の台詞に周りの生徒が驚く。
(案の定、周りの皆引いてるじゃない。っていうか修吾の目が真剣だ。何かあったんだ。とりあえず話だけでも聞こう)
 大人しく席を立ち人気のない廊下の隅に着いていくと、修吾は主語を省いてストレートに聞いてくる。
「今すぐ深雪さんと連絡取ってくれ」
「な、何? ちゃんと説明して?」
「いいから早く!」
(な、何?この焦りよう。ただ事じゃない。とりあえず言う通りにしなきゃ……)
 携帯電話を取り出すと直ぐにリダイヤルボタンを押す。しばらくコールするが出る気配はない。
「出ない。この時間だと通勤中かも。って言うかどうしたの? 説明して」
「……急に連絡取れなくなった」
 凄く辛そうな修吾を見て直美も辛くなる。
「最後に連絡あったのは?」
「昨晩の、しばらくそっとしておいてほしいってメールが最後だ」
「それって痴話喧嘩かしら? それともノロケ?」
「喧嘩なんかしたことないし、こんな風に無理矢理呼び出してノロケたりするか! ホントに理由も無く音信不通なんだ!」
(こ、怖い……、でも本当に緊急事態なんだ)
「ご、ごめん。冗談だから。ん~、でも確かに変ね。あの冷静で大人の深雪さんが何も言わずに音信不通だなんて……」
「絶対なんかあったんだ。どうやったら連絡取れる? 住んでたマンションは今も変わってないか? 職場は?」
(ホント、呆れるくらい深雪さん深雪さんなんだ)
「まず落ち着こうよ修吾。落ち着いて考えるの。いい?」
 修吾の胸の前で両手を差し出して制止する。
「す、すまん」
「うん、じゃあ質問の答えだけど、住んでいるところは昔と変わってない。修吾も住んでたマンション。だから連絡を取る方法としては、マンションで待ち伏せるのが一番確率が高いと思う。次に職場だけど、同じく神奈川県内で事務をしているということくらいしか知らないわ。深雪さんとは仲良かったけど、プライベートについては突っ込んで聞くことなかったし」
「そうか、じゃあマンションで待ってれば会えるんだな?」
「断言は出来ないけど、現状を考えるとベターとは思う。でも、ホント珍しいというか、らしくないよね深雪さん。せめて理由くらい言ってもいいのに」
(修吾に心配かけさすなんてどういうつもりなんだろ)
「急病とか事件・事故に巻き込まれたとか、誰にも言えないことが深雪さんに降り懸かったんじゃないだろうか?」
 不安げにし動揺している修吾を見て、直美も内心焦る。
「可能性は0じゃないと思うけど、深雪さんの性格だとそういうことはちゃんと言いそう」
「他に男が出来た可能性は?」
「それはまずない。これは断言出来る」
(ホント、絶対ない)
「まあ深雪さんも人間だから、いきなり道でばったりフォーリンラブが絶対に無いなんて言えないけど、いつも近くにいて恋のライバルだった私から見ても、浮気とか二股とかは有り得ないかな。表立って言うことはほとんどなかったけど、深雪さんの修吾を想う気持ちってかなり強かったと思う。まだ小学生だった修吾の気持ちを汲んで、自分の傍じゃなく敢えて親戚の家に行けって言ったんでしょ?それって、本気で修吾との未来を考えてないと出来ない選択だもん。当然そう言った本人も責任感じてるだろうし、修吾を想う気持ちがあるから何年でも何十年でも迎えに来るのを待ったはずよ」
(私、なに深雪さんのフォローしてるんだろ。悪口言って印象悪く出来るのに)
「あくまで私の推測だけど、そこまで心配しなくていいと思う。そっとしといてって言われたなら、言葉通りそっとしとくのも優しさじゃない? 相談したくなれば連絡してくると思うし。ま、修吾が頼りなくって相談したくても相談出来ないって可能性も考えられるけどね」
(なんだかんだ言っても私達はまだ中学生だし、言えないこと多い気がするし)
「修吾からの連絡は無視されても、私からの連絡は取り次いでくれる可能性あるから、何回か連絡取って様子見てみる。そして、修吾は放課後マンションに行く。お互いに何かわかったからすぐに連絡する、って作戦でどうかしら?」
「すまない。助かる」
「いえいえ、それよかもうホームルーム始まるわよ? 早く戻ろ」
「そうだな」
 踵を返すと直美は教室に向かう。
(修吾をこんなふうに心配させて、どういうつもりなんだろ? 本当に病気とか事故なら逆に心配だし。とりあえず今は、教室に戻ったらなんて上手く言い訳するかだ。これもまた難題よね……)
 大きくため息をついて直美は教室のドアに手を掛けた――――


――放課後、修吾と視線が合い、目だけで挨拶すると修吾は教室を後にする。今朝の教室内での一件を収拾するのに、修吾との幼なじみ関係を暴露しなんとか場を収めた。
 恋人同士なのではという憶測が完全に払拭されていないだろうことも想定はしているものの、平然とクラスメイトと雑談して学校を後にする。
(修吾はマンションに向かっているはずだから、私は小まめに連絡入れなきゃね)
 校門を出ると同時にポケットから携帯電話を取り出す。朝と昼に着信を入れてみるも深雪からの返信は無い。
(私も修吾も着信拒否されてるわけじゃないし、履歴も留守録も残っているはずなのになんで?)
 訝しながら再び通話ボタンを押そうとすると、すぐ目の前に人が立ち塞がり直美は驚き立ち止まる。
(えっ、誰?)
 警戒して空手の構えを取り人物を確認と、そこにはクラスメイトの雄大が恐怖の表情で立っている。
(しまった。反射的に威圧しちゃった……)
 構えを解くといつも通り穏やかに話し掛ける。
「何か御用かしら? 谷口君」
 雄大は未だに恐怖からか固まっている。
(そんなに怖い顔してたかしら……)
 少し自己嫌悪になりながら返事をじっと待つ。
「谷口君?」
「あっ、すいません! なんかホント」
「いえ、こちらこそ。で、何か御用?」
「えっと、あの、今朝のことなんすけど、修吾と幼なじみってホントですか?」
(本日三回目の質問ね。どうせ恋人かどうかを知りたいんだろうけど)
「本当ですよ。小学生一年生までですけど」
「じゃあ、お二人は付き合ってないんですよね?」
「もちろんよ」
「そうっすか。あの、修吾のヤツ今日一日おかしかったんですけど、何があったんですか? 川合さんなら絶対理由を知ってるって思って待ってたんすよ」
(なかなか鋭いわね。でも正直に話す理由もない)
「ごめんなさい。知らないわ」
「嘘だ」
 雄大は真剣な顔つきで即断言する。
(な、なによコイツ)
「朝、興奮気味に来た修吾が、川合さんと話して帰ってきた後は落ち着いてた。落ち着いてはいたけど、心ここにあらずって感じで周りに全く反応もしなかった。そして、さっきも即行で教室を出て行った。川合さんに関わることか、関わってなくても少なくとも理由は知ってるはずだ、教えてくれ!」
(ただのバカじゃなそうね)
「仮に理由を知ってたとして、私が貴方に教えなければならない義務はないと思うけど?」
「確かに義務はない。でも、修吾は俺の親友だ。あいつの家庭環境がどういうものかも知ってる。親友が悩んでいたら力になりたいと思うのは当然だろ?」
 当然の正論に直美も内心納得する。
(コイツ、意外と良いヤツ?)
 雄大の心根を察した直美は、ため息まじりに話を切り出す。
「貴方の気持ちは分かったわ。加藤……、いえ修吾はいい友達を持ったわね」
「教えてくれるのか?」
「教えないわよ」
「いや、今の流れは教えるところだろ」
「貴方じゃ手に負えないから言わないの。恋愛経験ないでしょ?」
「うっ、まあ……」
(ま、私もないんだけど)
「大人の話なの、分かってちょうだい」
「か、川合さんだって修吾に片思いなんだろ? 俺とたいして変わらないはずだ」
(えっ!? なんで知ってるの? 修吾が私のプライベートを話すとも思えないし、カマかけてるのかしら?)
 直美は言葉を慎重に選びながら話す。
「何言ってるの? 私と修吾はただの幼なじみ……」
「去年の夏、市営球場に来てただろ」
(なんで知ってるの?)
「今年も来てたし、修吾の出てる試合は必ず来てた」
(とりあえず、焦らず話を聞こう)
 直美は感情を表に出さずに話を聞く。
「この前、階段の踊り場で見た光景と今朝の光景、そして修吾の試合をずっと見てたこと、全てを考えると川合さんが修吾をずっと好きだったんだって推理できる」
(素晴らしいくらい穴だらけの推理ね)
「谷口君、それは全て貴方の主観であり、証拠もなにもないわ」
「じゃあ、修吾にはずっと好きな人がいるって知ってる?」
(深雪さんのこと知ってるの? コイツ、やっぱり侮れないかも……)
「知ってるわよ」
「じゃあ、やっぱり片思いじゃないか」
「なんでそうなるの?」
「修吾の想い人は同級生じゃないから」
(多分、修吾からはかい摘まんだ情報を得てるんだわ。知ってたら年上のお姉さんみたいな言い方をするはず)
「確かに、修吾の想い人は同級生じゃないわ。だからと言って私が修吾を好きという結論にはならないわ」
冷静にかつしっかりとした口調で直美は言い切る。しかし雄大は言いづらそうな困った顔つきで直美を見ている。
(コイツ、何か隠してる?)
「ごめん、廊下で話してるの少し聞いたんだ。八年間手紙の返事を待ってるってところくらいから。で、修吾は気付いてなかったけど、さっき言ったように川合さん、去年から修吾の試合を見てた。その上、修吾の想い人も知ってる。片思いで決まりだ」
(やられた……コイツ思った以上に論理的だった……)
「片思いのことは、誰にも言わない。だからそのかわり、修吾の力にならせてくれ」
(私の負けね)
「分かった、理由を話すわ。他言厳禁よ?」
 その台詞に雄大の顔はパッと明るくなった。
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