足踏みラバーズ

13




イベントに出席していた作家さんに挨拶周りをした。



マスクをとらないまま尋ねても、風邪だと言えば誰もそれ以上のことを聞いてくるわけでもなく、めったにひかない風邪をひいていると心配されただけで、特に問題にもならずに終えることができた。



問題と言えば、いつの間にか、噂が広まっていて、女性同士のキンキンした喧嘩で負った傷が、三本の線を描いて、猫みたいに見えることから、いつの間にかキャットファイト佐伯、なんてリングネームみたいなあだ名がついていた。

やりあった覚えなんてないけれど、笑い話にできるならそれでいい。







恵美にはどう接したらいいのかわからず、顔を合わせるのは、まだしり込みしてしまう。



それでも、連絡だけはしてみたら、この番号は現在使われておりません、とアナウンスが流れた。

後に、結城さんから会社を辞めたと聞いて、平然とはしていられなかった。






 毎年恒例になっていたお節は、今年は控えることにした。



まだ傷が痛い、というよりかは、作る気力が起きなくて、止めたというほうが正しい。

年越しそばだけは食べようと、いそいそ準備をしていたら、冬子や朱莉や奏恵が遊びに来てくれて、おまけに瑞樹も一緒に来ていた。






 この歳になると、大半は家族や恋人と過ごすだろう。

だから冬子たちには何も言っていなかったけど、家にくるなり、まじだー! と頬の傷を指さして、けらけらと笑われた。






 クリスマスに瑞樹が来てくれた日から、毎日大丈夫か、とか、傷は痛くないか、とか、飯ちゃんと食ってるか、とか連絡をくれていた。

心配をしてくれているのはわかるけど、子供じゃないんだから大丈夫だと、返しても、頑なに止めようとはしなかった。



家に行くか、と何度か打診されたけど、蒼佑くんとのことを知ってか知らずか、あまりに自然に言ってくるから、断るのにも一苦労した。

1人だったら、部屋まではあげられないと伝えたことに配慮してか、友人が年末にわざわざ来てくれたのには驚いた。





 去年は蒼佑くんと一緒に過ごしていた。



けれど、その前までは一人で過ごすか、空いている友人と年越しするとか、そんな日常が当たり前だったはずだった。



それと近しい日常が、今ここにあるのに、違和感を抱くのはなんでだろう、と考えると、浮かんでくるのはやっぱり蒼佑くんの顔だった。




< 149 / 167 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop