蛇の囁き



 彼にそっと背中を押されて鳥居の外に出た私は、西の空に沈みゆく夕日を見た。

 今日はやっと現実の彼に会えた日だったのに、終わってみれば刹那の夢のような日だった。こうして彼と別れて初めて、紛れもない現実だと思っていた今日が実感のない夢に変わってしまうことを思い知る。

 夢から目覚めるまではそれとは分からない。そんな彼の言葉が頭を過る。



 さて、どうするべきか。



 そんなことを態とらしく考えた自分が可笑しくなった。そんなことを今更自分に問うまでもなく、答えは既に出ていたからだ。

 長すぎる一年に狂ってしまったのは彼だけではない。家族や友人のことを実際には考えもしない自分はひどいと思った。いや──私は「狡い」のかもしれない。

 私は鳥居を振り返った。もう、誰もいなかった。しかし、見えなくてもそこにいるのだと確かに信じていた。

 明日すら待てない堪え性のない自分に苦笑しながら、私は一切の躊躇いもなくそれを踏み越えた。



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