君に溺れた
事件が解決して1週間が立った。

預かった所持品を返すため彼女が所轄に来ていた。

明らかに痩せていた。

抱きしめたら潰れてしまうんじゃないか。

彼女の背中を見ていたら自然と声を掛けていた。

「わざわざ来ていただいてありがとうございます。」

「いえ、犯人を逮捕していただいてありがとうございました。」

「体調が悪そうだけど、大丈夫ですか?」

「・・大丈夫です。」

「そうですか。もし僕に出来ることがあれば言ってください。」

彼女に名刺を差し出す。

彼女は受け取るのを少し迷っているようだったが受け取った。

自分の行動に自分で驚いている。

今までの自分だったら、見ず知らずの女性に自分の名刺を渡すなんて絶対にあり得ない。

それは今までの俺の女性遍歴が異常なのだ。

自分で言うのも恥ずかしいが、俺は昔からモテた。

バレンタインでは毎年抱え切れないほどチョコをもらった。

正直、浮かれていた。

付き合った女の子もいた。

でも女性に対して一線を引くようになったのはあの時からだ。

中学の夏休み。

塾の夏期講習の日程を間違えて、急遽家に戻った時、情事は行われていた。

母親は父や俺がいないことをいいことに、若い男を連れ込んでいた。

父がいつも寝ているベッドで行われる行為に吐き気を覚えた。

母親の甘える声も、若い男がささやく言葉も脳裏に焼き付いている。

家を飛び出し、公園のトイレで吐いた。

その日から、俺は母親と目を合わせなくなった。

母親だけじゃない。

俺に好意を寄せる女の子とも一切目を合わせられなくなった。

友人も俺の変容ぶりを心配し、合コンをセッティングしてくれたがことごとく失敗した。

吐き気が出てその場にいられなくなる。

体に触られたら、即ゲロが出た。

俺は中学・高校・大学とそれを繰り返した。

友人も最後は憐れんで女の子を紹介することはなくなった。

友人と集まっても女性の話題は禁句となった。

母親と一緒に暮らすのが耐え切れなくなって大学進学とともにマンションで一人暮らしを始めた。

だから一通りの家事もこなせる。

女性がいなくても生きていける。

これからも一生そうやって生きていくと思っていた。

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