偽りのヒーロー



「……許してもらえないかもしれないけど」

「ううん。菖蒲ちゃん、あ、菖蒲ちゃんって呼ばれるのもうざいかな」



 困ったように笑って、原田は頭の後ろに手を当てた。すると菖蒲が予想だに反して、ふるふると首を振っていた。



「謝らないで。俺、なんか空回りしがちなんだ、昔から。形から入ってよく失敗するし……」

「……それは、私も同じだから」

「? 菖蒲ちゃんはそんなに可愛いのに、失敗とかするんだ?」



 ありのままの思いを口にすると、途端に目を丸くした。俯いたままでも十分に判別できるほど、菖蒲の顔は真っ赤になっていた。

歩き始めたその歩幅は、まるで口数の減った沈黙を隠しているようだ。

でも、そこには冷たい空気は感じられない。少しだけ、ほんの少しだけ、踏み込んでもいいだろうか。



「よかったら、また、話ししてくれる?」

「……ありがとう」



 うん、とは言わなかったが、菖蒲のふわりと微笑む顔を見て、原田もつられて笑顔になる。



「うん。やっぱり菖蒲ちゃんは可愛いね。じゃ、バイト頑張ってね!」



 小さく手を振って、原田は来た道を再び戻って行った。菖蒲はその背中を見つめながら、頬に手を当てていた。きっと赤くなっているであろう自身の顔を、確認するように。





 思っているよりずっと、原田は優しく笑う人だった。

あんなにも菖蒲のバイト先に通いつめて、何度鬱陶しいと思ったことか。菜子と友達だったことも知らなければ、未蔓と友達だということも知らなかった。あんなに、優しく話す人だとも。

友人の知っている人であれば、事前に情報が頭に入ってさえいれば、あんなに冷たい態度で突っぱねることもなかったのだろうか。



 今日初めてまともに会話をしたのだ。致し方ないと自分を納得させつつも、ずっと胸にしこりが残る。

謝ってすむことでもないだろうに、それでも自分と話がしたいと言ってくれるあの人のことは、なんだかよく、わからない。


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