偽りのヒーロー



 夏休みに入っても、ラジオ体操に向かう弟と、夏休みなど存在していないような社会人の父と、いつも通りの毎日を過ごしていた。

菜子はといえば、夏休みというだけでなぜかゆとりが生まれていて、洗濯物を干すときには鼻歌交じりになっていた。



 休日ぶりの家で食べるお昼ご飯。遊びに行った楓と仕事に出た父がいない家はがらんとしている。

テレビの音が静かに響くリビングから、ほっぽり出していた携帯の着信が鳴っていた。しばらくしても鳴りやまない携帯に、ご飯を飲み込んで応答する。



「菜子? ワリカーやってんだけど来ない?」



 未蔓からの遊びのお誘いの電話だった。夏休みに入って、早速ゲームを謳歌しているらしい。




 2リットルのペットボトルを持って、エレベーターに乗り込む。5に変わった表示と共に停止するエレベーターの中から出ると、慣れ親しんだ通路を通ってチャイムを押す。

首元の伸びたシャツを着た未蔓が顔を出して、手に持った大きなペットボトルを菜子の手から受け取った。



「あ、ジュース。ラッキー」

「誰か来てるの? 私来て大丈夫だった?」



 見たことのない靴が両足を揃えて置いてある。未蔓のほかに誰かいるとわかっていたら、中学校のジャージなんて着て来なかったのに。未蔓に不満を漏らすと、ぐっと親指を立てていた。



「大丈夫。菜子の知り合いだって」



 リビングのテレビには、確かにゲームの画面が映っていた。ソファーにもたれ掛かる男性の後ろ姿はバッチリと捉えたものの、菜子には見覚えがない。

頭を低くして「はじめまして〜」と無難な挨拶を交わすと、その男の人はぺこりと頭を下げた。



「あれ。直人、菜子の知り合いなんじゃないの?」



 直人と呼ばれたその人は、頬を掻いて困ったように笑っている。

こんな知り合いはいただろうか。菜子は記憶を辿ってみたものの、思い当たらず首を傾げる。


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