彼が残してくれた宝物

電話を切った後、母は直ぐに来てくれた。

「お母さん、どうしたの? こんなに早く?」

「お父さんに話したら、直ぐに行ってやれって?」

「え? お父さんが?」

父とはあの日以来、顔も合わせて無いし、話もしてない。

「あんなこと言ってても、桜の事心配なのよ?」

「うん。お父さんに、有難うって言っといて?」

「自分で言いなさい?」

「そこは、ほら! 私お父さんの娘だから?」

「本当に頑固な親子で、お母さんは困るわ?」と母は笑っていた。

母に付き添ってもらい病院へ行ったら、先生からは、今の時点で、双子ならお腹が張る事はよくある事だと言われ、母と二人で安堵した。

だが、出来るなら、もう少し伸ばした方が良いと言われ、子宮口を固めるとやらの注射をする為、1週間病院へ毎日通った。

そのかいあってか、無事予定日を迎える事が出来た。
が、今度は予定日を1週間過ぎても、何の兆候もなく、医師からは、「少し無理のない運動した方が良い」と言われてしまった。

と、言う事で、色々話し合った結果、母にうちまで通って来てもらい、母と一緒にウォーキングをする事にした。
丁度、1週間が過ぎた夜、お風呂の中でお腹に手を当て、子供達に話し掛けていた。

「君達は、“まだ、ダメ” と、言われて出れなかった事を怒ってる?
それで今度は駄々をこねて、出て来ないつもりかな?
ママは、君達に早く会いたいよ?
隠れんぼは終わりにして、出ておいで?」

ん゛… きた?
陣痛が来た。

お風呂を出ると、母に電話して、入院の準備をしてある鞄を玄関に置いて、時計を手に取りにらめっこを始めた。
陣痛の間隔が、既に五分を切っていた。

早い。

このままだと、病院に着くまでに産まれるかもしれない。

その時、母が駆けつけてくれた。

「お母さん…」

「大丈夫! 何も心配無いから、桜は安心して産みなさい。」

何とかアパートの階段を下りると、車が停まっており、ドアを開けた後部座席には、母は予想して居たのか、毛布と、沢山のバスタオルが敷かれていた。
そして、運転席には父が居た。

「お父さん…」

「何も言わなくて良い。兎に角がんばれ!」

苦痛で、うめき声を上げる度に、母は“頑張って”と、言って腰をさすってくれた。
父は、“桜頑張れ!”と、声を掛け続けてくれた。

もう直ぐ、病院と言う時に車の中で破水してしまった。

「あっ」

そして頭が出始めていたのを、母が押さえていた。




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