白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように

Ⅳ デートの後で***

 やはりこの時間の電車は混んでいた。

まあ朝の通勤ラッシュに比べたら少しは、いや気休めかもしれないが……やはり空いているという表現はやめておこう。

 押される人の圧力で僕ら二人はほとんど身動きが取れない状態「大丈夫」と訊くと小さな声で「達哉さんとなら大丈夫」彼女の顔が赤いのは暑さの性だろうか。

 そしてゆっくりと歩きながら僕のバイトするカフェへ着いた。

 いつもバイトで来ている処なのに、客として来ると異常な緊張感を感じる。まして沙織さんと一緒なのだから……

 思い切って中に入ると恵梨佳さんが優しく出迎えてくれた。

 案内された席は、この店で一番人気の席。少し奥にあってまり目立たない席。そしてその大きなガラス窓からは庭にあるスプリンクラーが芝生の上からライトアップされている。

 「恵梨佳さん済みません、この席予約して頂いて」

 「大丈夫よ、だって亜咲君の為に支配人がここって決めたの」

 「支配人がですか」

 恵梨佳さんはそれ以上何も言わずオーダーを確認して

 「ごゆっくり」と一言言って厨房へオーダーを告げに言った。

 「綺麗な人ね」沙織さんが呟くように言った。

 「うん、そうだね。鳥宮恵梨佳さんて言うんだ。フロアのチーフパーサー僕の上司」

 沙織さんは少し俯きながら

 「達哉さんって、ああいった感じの人がいいの?」

 「ああ、そうだね。僕のあこがれの人。でも彼女ちゃんと付き合っている人いるんだ」

 沙織さんは顔を上げて

 「でも、好きなの」

 「好きだよ。恵梨香さんも、その付き合っている人も。その人のことは言えないけどいつも世話になってるからね」

 「ふーん、そっかぁ。達哉さんてなんかすごいね。もう、社会人って感じがする」

 「そんなことないよ。僕なんかまだ何も出来ないよ。社会人だなんてまだまだ」

 「そうなのぉ」

 「そうさ」

 「でも達哉さんと二人っきりでこんな話し出来るなんて思ってもいなかった。いつもナッキが一緒だったから」
 「ナッキがいないと寂しい?」

 沙織さんは大きく首を横にふり

 「ううん、そんなことないよ。どっちかと言ったら嬉しいかな」 

 そう言って微笑んでくれた。

 そして僕らのテーブルに料理が運ばれてきた。サービスに来た同僚の奴はちらっと僕の方を見て不気味な笑みを浮かべたが、それ以外はマニアル通りに仕事に徹していた。基本、お客様の中には入ってはいけない。それが鉄則だ。

 ゆっくりと赤いワインがグラスに注がれる。

 一通りのサービスが終わり

 「デザートは後ほどお持ち致します。それではごゆっくり」

 完璧なまでにマニアル通りに告げて僕らの前から消えた。

 でも、厨房に戻ると僕のことで騒いでいるんだろうな。苦笑した。 そんな僕を沙織さんは見つめながら
 「凄いねここ、カフェなのに一流レストラン見たい。こんな格好で良かったのかしら」

 「大丈夫だよ、ここはカフェ。会社の意向で本格的にディナーもやっているけどそんなに堅苦しいところじゃない。それに若い人にたくさん利用して貰いたいからとってもリーズナブルなんだ。心配しなくても大丈夫」

 「カラン」グラスが触れ合う音のあと二人でワインを口に含んだ。

 二人共料理を口に運んで「美味しい」口を揃えて声に出して笑った。

 ワインも口当たりのいい軽めのワインを用意してくれた。おかげで二人でボトルを空にしてしまった。最も、残したにせよ一本分の料金が掛かる事を僕は知っていたから調度良かった。

 沙織さんは「もう、お腹いっぱい」と言っていたが、デザートのパフェが来ると嬉しそうにスプーンを口に運んでいた。

 彼女いわくデザートは別腹よ。と得意気に言った。僕はコーヒーにガトーショコラこの2つを頼んでいた。

 そして

 「達哉さん、小説の方は進んでいますか」沙織さんからの何気ない質問だった。いや問い合わせだったかもしれない、出演者からの。

 「うーん。実は全然進んでいないんだ」

 「そっかぁ。なんとなくそんな気がしていた」

 「どうして」

 沙織さんはワインで少しさくら色に染めた頬で照れながら


 「だって達哉さん、私の事何も訊きに来ないんだもん」


 ストレートだった。僕が一番気に病んでいたことを彼女はストレートに言った。

 言葉に詰まりながら

 「ご、ごめん」

 沙織さんは慌てて

 「あ、違うよ。そう言う意味で言ったんじゃなくて、えっと……な……なんていうか……その……私も達哉さんの事が知りたかったから」

 俯いて顔を真赤にさせていた。

 やっぱ僕は恋愛には疎い奴なんだ。彼女からこんなことを言わせるなんて、恥ずかしい。俯き顔が熱くなるのを感じながら出せる言葉は

 「ごめん」としか言えなかった。

 しばしの間、二人共俯きながら黙り込んでいた。店内に静かに流れるジャズピアノのBGMだけが訊こえていた。
 沙織さんは、顔を上げて僕を見ながら


 「達哉さん。私、達哉さんの事もっと知りたい。達哉さんがどんな人で、今までどんな事をしてきたか。どうして小説家になろうとしているのか。だから私の事も訊いてください。なんでもどんな事でも……」


 彼女は勇気を振り絞って言ってくれたに違いない。その証拠に彼女の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 あの時、美野里に好きだと言った時の様にすぐに動けない。やはり少し年を取った性だろうか。

 「うん、ありがとう。沙織さんにそこまで言わせる俺ってやっぱかっこ悪いな。宮村がいたら怒られていたよ」

 彼女はくすっと笑い

 「そうよ、宮村さんにも、ナッキにも……」

 僕は苦笑いをした。

 「そろそろ出ようか」沙織さんは、はっとして

 「これ食べ終わってからでいい」その表情が子供の様でとっても可愛い。

 「はいどうぞ、ごゆっくり平らげて下さい。心行くまで」

  沙織さんは頬を膨らませながらも幸せそうにパフェを口に運んでいた。

 会計の時、沙織さんから割り勘にしようって降りなかったが、何とか頼み込んで僕が支払うことが出来た。

 帰り際、恵梨佳さんから「可愛い彼女ね」と言われお互いに顔を真っ赤にして店を出た。

 「あー美味しかった」

 「ご満足でしたかお嬢様」

 「はい、とっても」彼女も僕の口調に合わせて答える。
 
 二人とも顔を見合わせて笑った。その手はしっかりと繋がれていた。


 あの公園の前に来た。時計を見ると8時にあと少しだった。僕は勇気を出して「アパートに来てみる」と言った。


 彼女は小さく頷く。この公園から近くであることも知っていた。


 それから少し歩いてアパートの前に着くと。沙織さんはそれを見て

 「アパートって言うからもっと古いのかと思ってた」と漏らした。

 木造2階建て、外壁やら室内のリフォームはされているが建物は古い。トイレバス付のいわゆるワンルームマンションと言ったところだ。だがところどこに見られる古さは否めない、だから格安物件でもある。

 扉の鍵を開け、部屋の電気をつける。

 すると沙織さんの口から「うわっ」と声が出る。

 「すっごい綺麗にしてる」きょろきょろ見回しながら感心していた。

 「沙織さん。適当に座ってて。飲み物コーヒーとビールどっちがいい。それとあんまり見ないでよ、ぼろが出るから」

 ハハハと笑いながら荷物を置いてテーブルの前にぺたんと座った。

 宮村とナッキそして僕ら2人と何度か宮村の知り合いの店に飲みに行ったことがある。意外にも沙織さんはお酒に強かった。それにビール好きだと言っていた「叔父さんみたいでしょ」と言っていたが、酒豪と言う訳でもなかった。ビールジョッキ2杯が限度らしい。その反面ナッキがお酒に弱かったのは意外だった。

 ビールをテーブルに置き、彼女の向かいに座った。

 そして「プシュッ」とプルタブを上げ、今日2回目の乾杯をした。「ごくっと」冷たいビールが心地いい。
 ふと沙織さんはテーブルの下にある灰皿を見つけて

 「達哉さんて煙草吸うんだ」と興味新々に訊いてきた。

 「ああ、ほんの少しね。1日に2,3本程度。タバコ嫌だったら灰皿片付けるよ」

 「ううん、大丈夫。私も気分落ち着かせるためにたまに吸うから」と鞄から一箱の煙草を取り出した。

 「意外?」と訊いてきたから、正直に意外と答えた。

 「私も意外、達哉さんが煙草吸うの」

 お互いに知らない事が少しづつ見えてきた。

< 30 / 125 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop