白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
 僕は沙織さんに

 「僕も一緒に行って謝るよ。沙織さんを引き留めた事を」

 でも彼女は少し恥ずかしそうに

 「ううん、いいの。初めから、ここに来る時から決めていたの。それに達哉さんの事まだ訊いていないし……」 

 「うん、それでも家には電話しよう。ちゃんと説明すれば解ってもらえるよ」

 「うん、ちゃんとする。でも今日はナッキのところに泊まったことにすればいいよ」

 「え、でもそれじゃ……」彼女ははキスをして僕の言葉を遮った。

 「それに私、そんなにいい子じゃないから。幻滅した?」と彼女が訊いたから僕も「うん、幻滅した。でも嬉しい」と返してやった。

 すると「うむ、君は素直でよろしい」と、どこかの学長の真似をして沙織さんが言い放った。

 その表情がとても大学の学長に似ていたから思わず笑ってしまった。そして照れながら彼女もつられて笑った。夜も遅い、二人共息を殺しておなかを抱え苦しみながら笑った。

 沙織さんがナッキに電話すると驚いた様に

 「え、ほんと。今晩亜咲君とこに泊まるの。ええ、ほんとまじ、ええ」と驚いていたが「それじゃ今晩亜咲君とえー、沙織がねぇ。それでそれで、告白されたの好きだって。そうよねぇ順番から言ったら告白が先よねぇ。それじゃ告白されてすぐベットインふぁーやるねぇ亜咲君も沙織もぉ」

 「ちょとぉ、ナッキはすぐそっちに持って行く。それより今晩あなたのところに泊まった事に合わせてよ」

 「ハイハイ、解りました。いつも悪いのは私でございます。あ、そこに亜咲君いるんでしょ代わってよ」

 「ナッキが代わってて」沙織さんからスマホを受け取り耳に当てると

 「あーざーきーくーんー」とだみ声で僕の名を呼んで

 「沙織優しくしてよ、経験少ないんだから。初めに行っとく沙織バージンじゃないから。終わってから幻滅しない様に。ま、余計なお世話か」

 僕はハハハ、と笑うしかなかった。そしていつものトーンで

 「これ、沙織に訊かれない様にして」

 少し彼女からスマホを遠ざけて

 「大丈夫?あのね。前に亜咲君に言ったよね。私がもし男だったら沙織の事彼女にしたいって、あれ沙織には絶対言わないでね。まだそんな事想っているのって沙織に怒られちゃうから、それだけはお願い」「解ってるよ」

 「ありがとう。しかし好(も)てる女は罪だねぇ。それじゃ沙織に代わって」

 「もうナッキ達哉さんに何言ってたの。それより泊まる事お願いね」

 「はいはい、早く家に電話掛けな、お父さんそろそろ落ち着かなくなってる頃だし」

 「うん解った、ありがとう。それじゃ」

 「うんそれじゃ」ナッキと回線が切れた。そしてすぐに沙織さんは家に電話を掛けた。

 電話に出たのは何と沙織さんの弟君だった。

 「ね、お母さんかお父さんに代わってよ」

 「あー、お袋は今手が離せないって、だから俺が出たんじゃん。それに親父は今日は定例の飲み会。確か明日休みだし帰りは午前様じゃないんか。それより姉貴今何処にいるんだぁこんな時間によ。もしかして男んとこかぁ」

「ちょっと誰ぇ」少し離れた所からお母さんの声がした。

 「あん、姉貴からぁ」言い放つ弟の声がする。

 「ちょっとあんまり変な事言わないでよ。お母さん心配するでしょ。それより今晩お酒飲んじゃったからナッキのところに泊まるってお母さんに伝えてよ」

 「ほー、またナッキ姉ちゃんのとこか。ナッキ姉ちゃんも大変だねぇ。いつも姉貴の御守でさぁ」

 「いいから変な事言わないで早くお母さんに伝えてよ」

 「へいへいぃ」弟君は大きな声で「姉貴、今晩ナッキ姉ちゃんとこ泊まるってさぁ」

 やっぱり離れた所から「そうぉ、解ったて言っておいて」

 「姉貴、お袋解ったって」

 「ありがとう」

 「あ、そうだ。姉貴この前やった奴ちゃんと使えよな。高校生で叔父さんて呼ばれるのはちょいきついからさ。避妊たのんまっせ姉貴様。それに俺の部屋からコンドーム何個か持って行ってんの知ってるんだからな。

隠れて取ったつもりなんだろうけどバレバレなんだよ姉貴は、だから分けてやったんだ。ちゃんと有効に使えよな気持ちよくなるだけじゃなくよ。そんじゃな」

 「ちょっと何よ、あんた何いって……」回線は途切れていた。

 完璧にばれていた様だった。弟君は一枚も二枚も上手の小生意気な感じの子だなと思った。

 顔を赤くして頬をぷうと膨らませたその顔、やっぱいい。


 「コンビニ行くか」そう言って沙織さんの頭をクシャッとしてやった。告白して直ぐなのに


 沙織さんはそれを何故かしみじみと自分の心に刻みこむような表情をして「ありがとう」と言いながら僕とコンビニに向かった。

 ビールに冷たい紅茶のペット。それにちょっとしたつまみ、沙織さんも何かを観ていた様子だったが「達哉さん先にお店出てて」そう言ったので会計を済ませて店の外に出た。

 少ししてから、袋を手に持ち店から出てきた。

 「冷たぁ」沙織さんが僕の頬にアイスバーを押し付けた。

 「これ、やってみたかったんだぁ。ほら、よく小説で彼女がいきなり彼氏の頬にアイス付けて彼氏が冷たいって叫ぶの」

 沙織さんはアイスを放し僕に手渡した。口に頬張るとソーダ味が口いっぱいに広がる。

 「よくあるね、そんな場面。アイスでもジュースでも」

 「あ、ジュースってのもあった」気が付いたように

 「おいおい」


 「でもね。こんな事実際には馬鹿ばかしい事なんだけど、こうやって一つひとつ小さな事でも一緒に思い出作れたらいいなぁって。私の細やかな願望。それに達哉さんの小説にも使えるんじゃない。私とこうしているところ」

 「うん、ありがとう」そう言ってまた彼女の頭をクシャッとした。

 沙織さんは足を止めた。

 「あ、ごめん。今の嫌だった、すぐで馴れ馴れしかった。謝るごめん」

 沙織さんはそのまま軽く首を横に振る。

 「ううん、これも私が憧れていた事。彼氏の彼女にする何気ない動作。恋人、想い人だから出来る事だと私は感じている」


 「恋人かぁ。僕らも?」


 彼女は僕の顔を見て


 「あれ、告白してくれたんでしょ。好きだって、なら恋人じゃないの。ねぇ、ねぇ……」


 「あ、はい告白しました。はい、しました。そうです恋人です」

 沙織さんは僕の顔を見てクスッと笑い、軽く腕を掴みながら寄り添ってきた。

 そんな彼女と歩きながら、さっき初めて好きだと彼女に言った事が遠い昔の様に思えてきた。僕らは既にずっと前から恋人同士だったと。


 「ずっと、ずっと続くといいね」彼女が言う、そして僕も

 「ずっと続くさ」そう言って返した。彼女はまた涙ぐんでいた。

 僕らはゆっくりとした足取りでアパートへ向かった。

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