白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
 そんな時、ちょっとした事から僕らは口論となった。


 お互い、そんな空気を感じながら疲れた体で、行き詰まりながら、その時言えなかった気持ちを少しづつ砕きながら。


 「ちょっと、どこ行くの」

 「煙草、買ってくる」

 居た堪れなくなって僕は煙草を買うと言って部屋を出た。

 修正していた小説のエディタを表示したまま。

 すぐには戻る気にはなれない、まだ気持ちが落ち着いていない。このまま帰っても、また口論になるだけだ。
 そんな思いから僕はぶらぶらと商店街を歩き、パチンコで千円を磨(す)って部屋に帰ってきた。

 帰った部屋にはすでに沙織の姿はなかった。

 ふと見るノートパソコンに、エディタをスクロールした跡がある。

 沙織が読んだんだと解る。加筆修正してからまだ一度も沙織には読ませていなかった。

 「ふん」としながら位置を戻し、また修正に入った。そしてその日は苛立ちが収まらないまま暮れていった。

 次の日、大学で講義と学園祭の準備をしてバイトに入った。そしてその日。大学で沙織の姿を見る事は無かった。

 バイトが終わり、アパートの部屋の電気を付けると……異様に部屋がガランとしていた。


 気が付いた時には、もうそこには沙織の荷物が全て無くなっていた。テーブルに一通の手紙を残して……


 あの時と同じように……美野里が残した手紙の様に……

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