アイ・ラブ・ユーの先で


「――走りながら泣いてるってやべえね」


鼻水をすすりそこねてしまった。


耳を殴るような轟音を(はら)うみたいに、その真ん中にぽっかり浮かんでいる、クリアな声。

そう、本当にとても、不思議なほど、よく届いてくる声だった。


反射的に目を向けてしまう。
そして、向けたそばからその目を疑う。


青と白の水彩絵の具を混ぜた、完璧なコントラスト。その風景と反対側にある広い車道の上を、いつのまにか、黒くてピカピカの、わたしより何倍も大きな乗りものが、ノロノロと並走していた。


やけに近いと思っていた轟音の正体はバイクのエンジン音で間違いなさそうだ。

そしてわたしに話しかけてきたのは、その車体に長い脚を堂々と引っかけて跨っている、同年代くらいの男の子だった。


彼は、わたしが自分を認識したことを確認するなり、ははっと軽快に笑った。
ゆるやかにつり上がった奥二重(ぶたえ)の目尻が薄い皺を作っている。


「おまえ、なに、その顔」


目がテンになる。
初対面の人からオマエと呼ばれるのは、生まれてはじめてのことだった。


「泣くか驚くか憤るか、どれかひとつにしとけよ」


それにしても、とりわけ大きいわけでもなければ、よく通るわけでもない声質だと思うのに。それを懸命に張ってもいなさそうなのに。

どうしてこの人の言葉は、ここまで的確に、わたしの鼓膜を揺するのだろう?

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