素直の向こうがわ


隣に立つ薫の表情が一変した。まさに『動揺』を絵に描いたような顔。


「薫、俺……」


引き留めたのに何も言葉を続けられない彼の様子を見ると、薫を見かけて咄嗟に声をかけてしまった、というところなのだろう。

私は息を潜めて2人の顔を交互に見つめた。


「フミ、行こう」

「え?」


今、確かに心が動いていたくせに、もう何もなかったかのように前を向いて薫が歩き出している。
今度は私の方が動揺した。

ずんずんと速度を上げて歩き出している薫に、私が慌てふためく。


「ちょっと、薫――」

「待てって」


それでは諦められなかったのか、彼が薫の腕を掴んだ。


「離して。あんたとなんてもう話すことない」


勢いよく振り上げられた薫の手が宙を切った。
でもすぐに、その腕は彼によって捉えられた。


「おまえにはなくても、俺にはあるんだよ」


関係ない私にだって分かる。
彼が真剣だってこと。
そして、薫が本当は『どうでもいい』なんて思っていないこと。


「しつこいよ。今友達と一緒にいるの、見て分からない? とにかく無理」


その言葉で、彼はやっと私のことが意識の中に入ったようだ。気まずそうにこちらを見ている。


「私のことは、いいよ。それより、ちゃんと話した方がいいんじゃない?」


私は、時おり見せる薫の寂しげな表情を思い出していた。



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