素直の向こうがわ
「おはよう」
私がそう言うと、河野が慌てたように眼鏡を上げた。
「俺、もしかして、寝てた?」
「寝てた」
「悪いっ! で、プリントは?」
河野の焦る姿なんて、滅多にお目にかかることはない。
河野は、ひったくるようにプリントを手にした。
私なりに頑張ってみたつもりだ。
黙ったままプリントを見つめる河野を、私は息を潜めてじっと待つ。
「……。ほとんど間違ってる。俺が悪かった。教えるって言ったのに」
文句を言われるのかと思ったら、逆に謝られた。
そんなの河野が謝ることじゃないのに。
「ううん。もう、いいや。これで先生に出してくる」
これ以上河野に付き合わせるのも気が引ける。
そう言って席を立とうとした。
「待て」
腕を掴まれた。
また、心臓が跳ねる。
そんな無表情な顔して、天然なのだろうか。
無意識でこういうことする男の方が厄介だって……。
私はぶつぶつ心の中でひとりごと。
最近、本当にこういうことが多い気がする。