空にとけた夜の行方。

私は泡立て器を置いて、キッチンから出た。気を紛らわせるために、と作り始めたのに、その効果は一向に見られなかった。


リビングのソファに、ドサッと身体を預ける。特に何もしていないはずなのに、とても身体が重かった。そのまま、瞼を閉じる。


──舜くん。片瀬、舜くん。


──私の、好きな人。


何もすることがないと、どうしても考えてしまうのはその人のことばかりで。それでも私は敢えてそれを止めようとせず、心地よい、切ない記憶に身を委ねた。


舜くんと私は、幼馴染だ。


何をするにも人より時間がかかり、人と話すことも苦手。落ち込みやすくて、後ろ向きな、そんな手のかかる幼馴染の私を、それでも見捨てずにいた、優しい人。


あんまり甘いものが得意じゃなくて、それでも私が落ち込んだ時にお菓子を大量に作ることを知ってるから、少し呆れつつも貰って、「甘え」と文句を言いつつ食べてくれた人。


すごく仲が良い、というわけではなかった。けれど、昔からそばにいた。視界のどこかに、いた。舜くんのことを好きになったのが、いつからなのか明確にはわからなくて、気付いたら好きだった。大きくなるにつれて徐々に離れていっても、癖のように目で追っていた。


いつからか、自分のために作っていたお菓子は、舜くんに食べてもらいたくて作るものに変わっていった。生地もクリームも砂糖を少なくして、なるべく甘さをおさえた。美味しい、と笑ってくれる舜くんの顔が、見たかった。
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