婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
「いつ、き、さん……?」


向けられたままの背中に、戸惑いながら呼び掛ける。
樹さんは私が見つめる中で、小さく肩を竦めて自嘲するような短い息を吐いた。


「お前の前にいると調子狂う。感情に起伏がついて、気付いたら乱されてる。いつもの俺でいられなくなる。……だから俺、帆夏と一緒にいるの、怖いんだ。感情に走りそうになって、どうしようもなく」


いつもの樹さんらしくない、どこか余裕を失ったような声に、ドキッと胸が跳ね上がった。
おかげで涙もピタリと止まり、私は樹さんの背中をジッと見つめていた。


樹さんはやっぱり振り返ってくれないまま。


「……俺、今夜家に戻るわ。なんか俺の方も混乱してきた」


そう言い捨てて、樹さんは大股でドア口に向かっていく。


「えっ……。い、樹さ……!」


その後を追い掛けようと、慌てて私もベッドから降りた。
けれど、なんだか足に力が入らず、床に足を着いた途端にペッタリと座り込んでしまった。


「樹さんっ……!」


必死に声だけ張り上げたけれど、樹さんは部屋を出て行ってしまった。
そして、小さく玄関のドアが開閉する音を聞いて、私は座り込んだまま呆然としていた。
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