もしもの恋となのにの恋

あの人の声


「おはよう、千鶴」
そう聞こえてきたその声も聞き慣れた心地のいいものだった。
私は焦点の定まらない目でその声の主を何とか捕らえ、見つめ見た。
私のその目は異様に熱く、視界はいやにぼやけ、滲んでいた。
パタリ・・・。
何かが落ちる音がした。
何かが私の頬を伝い、それが私の頬を濡らした。
「・・・千鶴?どうしたの?」
嗚呼、やっぱり司の声だ。
あの人の声じゃない・・・。
私の頬を濡らしたその液体を私は右手の手の甲で強引に拭い、心配そうに私を覗き込んできている司に無理に笑んで見せた。
私は本当にズルい・・・。
「・・・千鶴、大丈夫?」
司からの問いに私は『うん』と頷いて倦怠感の残る上体をベッドから引き起こし、もう一度、司に笑んで『おはよう』と声を発してみた。
そう発せられた声はやけに掠れていた。
まるで、大声で泣きわめいた後みたいに・・・。
まるで、あの時みたいに・・・。
「おはよう。・・・出掛けれそう?なんだったら今日は家で・・・」
「出掛けよう」
私は司の言葉を強引に遮った。
このままここにいるのは正直、辛い・・・。
強引に言葉を遮られた司はどこか痛むようなそんな笑みをうっすらと浮かべ、私をやんわりと見つめていた。
「じゃあ、出掛けよう。・・・久しぶりの休日デートだ!」
司は無理にそう明るく言うと私から離れ、出掛ける準備へと取りかかった。
私は司に気づかれないように小さな溜め息を吐き出した。

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