【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。



那月君の優しさが、今は辛い。



「ほんとに、ごめんなさい……」

「先輩が謝る必要は——」

「でも私、遊びとか、そんなふうに思ったことはありませんっ……」

「っ、え?」

「那月君のこと、心の底から好きでした……」

「……せん、ぱい?」

「遊びなんて、思ったことは一度もないので、それだけは……それだけは、わかっていてください」



私は、何言ってるんだろう。なんて訳のわからないこと、口走っているんだろうか。


でも、信じて欲しかったんだ。昨日言えなかった言葉。

ちゃんと貴方が好きという気持ちだけは、知っていて欲しかった。


本当にどこまでも、自分勝手だ私は……。

恥ずかしくて、自分に嫌気がさして、逃げるために那月くんの手を振りほどいた。

早くここから出よう。その一心で逃げようと一瞬の隙を突いたのに……どうして阻むの?



「待ってください!そんな言い逃げ卑怯ですよ」


再び強く握られた腕に、逃亡が失敗に終わったことを悟る。

再び壁へと追いやられて、今度は顔の左右に手を添えられた。逃げ道を全て塞がれて、身動きが取れなくなってしまう。


那月君は、焦った様子で私を見つめてきて、その瞳は視線を逸らすことすら許してくれない。

吸い込まれるように見つめられて、思わず息を飲んだ。


「今の、本当ですか?」


目の前にある綺麗な唇が、ゆっくりと動く。


「俺のこと、好きだったんですか?」

「……」

「今は?今もまだ、その気持ちはありますか?」


そんなこと、聞かないでと思いながら、涙を堪えるように下唇を噛み締めた。

何も答えようとしない私に痺れを切らしたのか、那月君は壁に添えた右手で、私の顎を掴む。



< 45 / 220 >

この作品をシェア

pagetop