成すべきことは私が一番よく知っている
たいせつなもの
 『私立風利根学園』は、都内より少しS県寄りにある。
 S県より北方に家がある春川清美は、毎朝の通学の際には電車を利用しなければならない。親の運転でなら自動車を向かうこともできるが、あいにく都心の車道は混雑している。入学当初ひどい目に逢った手前、二度と自動車通学はしないと思った誓いは今でも忠実に守っている。
 自宅を出て、バス停まで徒歩で二十分。乗り込んで、揺られながら駅まで三十分。学園の最寄り駅までまた三十分。そこから学園専用のバスに乗り、十五分。
 これだけの車両に揺られていると、目的地に着くまでに睡魔に襲われる確率は、ほぼ百パーセント。ここで下手に交戦しても後々授業中に敗北することは目に見えている。いずれにしても無駄な悪あがきなのだ。だったら早いところ白旗を掲げて少しでも睡魔の出現率を軽減させておくのが賢い手立てなのだ。
 バスの中の、特に窓際の席は格別だ。新涼の朝には持ってこいの場所だろう。

「……よみ! き……ってば!」

 気持ちのよい日差しにまどろんでいたさなか、清美はそんな声を聞いた。

「清美ってば!」

 誰かが呼んでいる。その元気な声で、脳内にうっすらとはびこっていた霧が徐々に晴れてゆく。途端に目の前の鼻先に現れる、女の子の顔。

「わひゃっ!?」

「遅刻するよ! 清美!」

 清美は激しく拍動する胸を撫でつつ、周りを見渡した。生徒たちは、すでに一人残らず下車していた。バスに残っていた生徒は、清美たちだけだ。

「朱里って、いつも寝ないよね」

 バス停に降りて、去っていく自分たちを乗せていた大型乗合自動車の後ろ姿を遠巻きに眺めながら、清美はボーッと呟いた。

 
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