Open Heart〜密やかに たおやかに〜


しばらくして、ようやく少しだけ落ち着いた私は、浩美と病室へ戻った。

父さんのベッドの横にあるサイドテーブル。細い透明な花瓶に生けられている可愛らしいカモミールの白い花を眺めた。



さっき廊下で浩美から聞いた話を思い出す。
『言うかどうしようか悩んだんだけど』
口を開いてはみたものの、まだ言うかどうかで悩んでいる風な浩美は、言葉をきり私を見つめた。

それから、大きく息を吸い込んだ浩美は、一気に吐き出すように話してくれた。
『お姉ちゃんさ、いつも病室にお花があるの気がついてる?』

『うん、いつも枯れる前に取り替えてあるよね?』
私の言葉に首を振る浩美。

『ううん、枯れる前じゃないよ。毎日取り替えてあるんだよ』

『あぁ、そうなんだ。ごめんね、気がつかなくて。毎日、浩美が?』

首を横に振る浩美。

『じゃあ、母さんが?』

再び首を振る浩美が口を開いた。
『ほとんど毎日ね、昼間なんだけど……秀之さんがお見舞いに来てくれてるみたいなの』

『え?シュウちゃんが?』


『うん、母さんに見舞いに来たことを黙っててくれと口止めしてたみたい。たまたま、学校が早く終わった日があってね、病院にまっすぐ寄ったら、入り口の辺りで秀之さんに似た後ろ姿を見かけたの。だから、母さんに聞いてみたの』

浩美が母さんに「秀之さんが来てたの?」と尋ねると、最初は口ごもっていた母さんが『樹里には言わないで』と白状したらしい。

『優しい人だよね、秀之さんって』
浩美の言う通りだ。

シュウちゃんは、優しい人。
優しくて、からかうと可愛くて、正直で素敵な人。

どんな思いでシュウちゃんは、ここにお花を持ってきてくれていたんだろう。

知らず知らずのうちに涙が溢れてきた。
声が漏れないように口を手で覆う。抑えきれない思いが涙となって溢れてしまう。

シュウちゃん……

シュウちゃん……


どうして?

別れたのに、私の家族のことをまだ心配してくれるの?

どうして?

シュウちゃんは、もうすぐ似合いの女性と結婚するのだ。
一年も前からシュウちゃんを裏切り、山田課長と付き合っていた私を許さないはず。いくらシュウちゃんが優しくても、私を軽蔑して恨んでいるはず。


『どうして……』
涙ながらに思わず口に出して呟いた私に浩美はため息をついた。

『そんなこともわからないの? お姉ちゃん』
浩美が呆れたように言って、私の肩を掴み私を自分の方へと向かせた。

真剣な浩美の瞳が、まっすぐに私をとらえる。

『まだ、好きだからに決まってるじゃん! まだ、お姉ちゃんが好きだから、お姉ちゃんのことも私たち家族のことも心配してくれてるんじゃないの?』



シュウちゃんが、まだ私を好き?



考えられない。

自分を裏切り他の男と平然とキスするような女の事を好きだなんて、普通はあり得ない。


『ねぇ、秀之さんと元に戻れないの? どうにかならないの?お姉ちゃん。私、バイトもっと増やすから…お金返して、秀之さんと』

心配してくれる浩美の気持ちが嬉しくて、切なくて、姉として妹にこんなに心配させることが忍びなく感じた。


ただ、首を横に振るのがやっとだった。





< 113 / 132 >

この作品をシェア

pagetop