Open Heart〜密やかに たおやかに〜

これから、私にはシュウちゃんがいる。シュウちゃんには私がいる。2人ならどうにか乗り越えられる困難だが、シュウちゃんは山田課長を気にしていた。

「俺や樹里は例え、うちの親父から契約違反だとか言われたりさ、どんな仕打ちを受けてもある程度は仕方ないよ。でも、山田課長は違う。親父から命令されて契約話に加わせられただけだ」

「うん」

「それでも、親父のことだ。親父に従わなかった山田課長は、本当にクビになるかもしれないよ」


山田課長がクビ。

あんなに出世をしたがっていた人だ。きっと、本当にそうなったら、凄く精神的なショックをうけてしまうだろう。



仕事中もシュウちゃんの言葉ばかりを気にして考えていた。

どうしても、山田課長のことが気にかかり、営業のある下のフロアまで来てしまっていた。

中を覗くと、デスクに座り電話をしている山田課長と目が合った。

山田課長は、電話相手と話しながら、私に向かい手招きをする。

何人かいる営業の人に頭を下げながら、山田課長のデスクの前に立って電話が終わるのを待った。


その間、山田課長を眺めた。

澄ました外見の割に肉食だと噂される山田課長。もちろん、仕事もやり手であり、出世も同期の中では1番早いようだ。

今も流暢な英語で電話相手と会話している。


出来る男なんだな、山田課長って。改めて、山田課長を見なおしていた。

「お待たせ、なんの用だ?」

「は、あの……いや、大丈夫かなぁと」

「何が」

「いやぁ、ここでは……」


「気にするな、クビになっても俺クラスの男は引く手あまただ。仕事には困らない」

「そんなクビとか、こんな場所で……」

あまりに開けっぴろげで、周りにいる社員に聞こえているんじゃないかと心配になった。


「でも」

「町娘なんかに心配される方が、問題だ。そんなことをわざわざ業務時間に言いに来たんなら、無駄だ。サッサと仕事に戻れ」


「はぁ」

シッシッと手で払われるみたいにして追い出されてしまう。


廊下に出てから、やはり気になり山田課長を振り返ってみた。

メガネを外し、クロスでメガネを拭き始めた山田課長。指先で眉間の辺りの肉を数秒間くらいつまんでから、椅子に寄りかかり、大きく息を吐いてメガネをかけ直していた。


やっぱり、社長に楯突く形になることを後悔してるのかもしれない。

懸命に働いてきた会社を辞めさせられるなんて、山田課長にしたら、きっとショック以外のなにものでもないだろう。


それにしても、おかしい。

どうして山田課長はシュウちゃんに私が社長と契約しているとバラしたのだろう。

あの人にとっては、なんの得にもならないだろうに。むしろ、損になるはずだ。

廊下でひとりブツブツと考え、やっぱり山田課長がどうして自ら進んで損な道を選んだのか知りたくなっていた。




気になるなぁ。やっぱり、戻って、もう一度聞いてみよう!



そう思い立った私は、勢いこんで後ろを振り返る。その途端にガツンと何かに激突してしまった。

「いたっ!」
おでこをさすりながら、私はぶつかったものを眺めた。

えっ?!


「や、山田課長!なんで?」

いつの間にか目の前に立っていた山田課長が、ネクタイを押さえながら、私に向けて鋭い目を光らせていた。



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