Open Heart〜密やかに たおやかに〜
6、不安

駅でシュウちゃんと別れて、家に帰る途中に実家から電話が入った。

「お姉ちゃん、大変なのよ。お父さんが倒れたの」
切羽詰まったように聞こえる声。妹の浩美からだ。

タクシーを拾い、教えてもらった救急病院へ向かう。

ひび割れたスマホを握りしめ、私は不安でいっぱいになっていた。

何がなんだかわからないまま、病院について浩美を探す。

「お姉ちゃん」

オペ室の前にある長椅子に座っていた浩美と母さんが立ち上がった。

「お父さんは?」

「今、手術中。脳梗塞だろうって」
泣きそうな浩美を抱きしめて座らせる。

話によると、家でトイレから出てきて父さんは急に倒れたらしい。

「大脳が腫れているそうなのよ」
母さんは、心配そうに手術室を向いた。

「母さん、大丈夫。父さんは強いでしょう?」

「強くても病気には勝てないかもしれないわ。意識も戻らないかもしれない」
弱気なことばかりを口にする母さん。そんな母さんの手を握る。

私か母さん、どちらかの手が震えていた。もしかしたら、どちらの手も震えていたのかもしれない。

「何言ってんのよ。死んじゃう訳じゃないんでしょう?」

私の問いに母さんは、答えずに唇を震わせた。浩美の方を見ると浩美は、俯いたままうごかなかった。

そんな…そんなことがある?

私の父さんが死ぬなんてこと…。

へなへなと手術室の前に行き、私はドアに手をついた。

「父さん……」

信じられない気持ちだ。
父さんが死ぬかもしれないなんて。考えても見なかった。

どうして、父さんが?

「もし、手術が成功しても車椅子生活になるだろうって」母さんの声がどこか遠くに聞こえるようだ。

父さんは苦労しかしてこなかった人だ。

毎日毎日、手も顔も黒くなって働いていた。作業着の汚れは、洗っても洗っても落ちないと母さんがボヤいていた。

いつも母さんの愚痴を笑顔で流していた父さん。そんな父さんのことを母さんは、大成しない男だと文句言ってはいたが、毎日、朝早く起きて父さんの朝ごはんを用意し、お弁当を甲斐甲斐しく持たせていた。

私には汚れて帰ってくる父さんしか印象にない。仕事終わりの発泡酒を飲んでいる顔を思い出す。嬉しそうに息をもらす父さん。

父さん、私、父さんに何も言えてないよ。育ててくれた感謝の気持ちも父さんのことが好きな気持ちも少しも伝えてられていない。ウェディングドレス姿もまだ見せてないじゃない。

お願いよ、父さん。
戻ってきて、笑顔を見せて。話を聞いて欲しいの。

手術室の前で手を合わせ父さんが出てくるのを、私は、ただじっと待ち続けるしかなかった。
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