Open Heart〜密やかに たおやかに〜

「いや、どういたしまして」

ここで大根役者の私は山田課長の顔を見て卒倒しかけてしまった。

え、笑顔だ。
しかも眩しいくらいのやつだ。


口角を上げただけではない。目まで笑っているように見える。誰がみても、正真正銘の笑顔だ。演技だなんて微塵も感じさせない自然な笑顔には驚いてしまうばかりだ。

メガネの奥にある瞳が笑っているのを私は初めて見た。

固まっている私を残して、たぶん鉄分配合の栄養ドリンクを渡すだけの為にわざわざやってきた山田課長。

その山田課長の後ろ姿を見送っていると、キャスターを転がして椅子ごとマキが現れた。

「何、アレ」

「……いや、忘れものだって」

「忘れたの?」

「えっ?」
手にしていた栄養ドリンクをマキと一緒に眺めた。

「ズルいなぁ〜。樹里ってば、山田課長とやっぱなんかあったんでしょ!」
マキが私のほっぺたをつまんで引っ張った。

「いたい、痛いって!」

「何にもないのに、あの山田課長があんな笑顔見せないから!」

「いててっ、み、見たの?」

「当たり前です。山田課長ってあんな風に笑うんだぁ〜て……樹里ばっかり!」
むぎゅうとほっぺたをつままれ、たまらずに立ち上がった時、いつの間にか戻ってきていたシュウちゃんと目が合った。

あっ……。

シュウちゃんは、何にもなかったみたいに私から目を逸らした。

シュウちゃん……。

ほっぺたを押さえながら、私は黙って椅子に座る。

シュウちゃん、いつから見てのかな?
山田課長と何かあるとか思っただろうか?

シュウちゃんのことが気になったが、私からは動けない。


『あんたからはアクションを起こすな。ラインもメールも電話もあんたからは、するな』
と、さっき帰りの車内で山田課長に言われていた。

それに、注意もされている。
『王子からきた場合には、応えていい。でも、あんたから誘ったり会いたいというのは、絶対に無しだからな』

要するに、私からは何も動けないのだ。

パソコンの画面を見ていたが、私の神経の全てはシュウちゃんに向いていた。

いつか、それも近いうちに私はきっとシュウちゃんに嫌われる日がくる。

それを思うと、胸が張り裂けそうになる。苦しくて息が止まりそうだ。

ネックレスに下げているリングに服の上から触れてみた。これは2人の約束の指輪だ。シュウちゃんのフィアンセだという証。近い未来に、これを外さなければならない日も来るだろう。

そんな日が来るなんて、想像もしたくない。こんなことになることを考えても見なかった。

出来ることなら、時がこのまま止まればいい……そう感じていた。
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