傷痕~想い出に変わるまで~
電車を降りて自宅まで歩きながら、小さな亀裂が取り返しのつかないほどの破綻を招いた瞬間を思い出した。

本当は思い出したくもない光景だ。

それなのにその光景は今でも私の脳裏に鮮明に焼き付いて離れない。

あの時の私は光に裏切られたことに対するショックで、いっそ何もかもぶち壊してやろうかと思う反面、これでもう光との実のない夫婦関係を終わりにできるという妙な安堵をおぼえた。

光が別の人を選ぶ前から、私たちの関係は冷めきって破綻していた。

ただ別れを切り出すきっかけがなかっただけだと思う。

私は仕事の忙しさにかまけて光と向き合おうとしなかったし、時間も気持ちもすれ違いの生活が続いていたから。

光は今頃どこでどうしているだろう?

今でもあの人と一緒にいるだろうか。

離婚してからの私はとらわれるものも失う物もなくなって、何かに取りつかれたように更に仕事に励んだ。

あれから恋愛なんてしていないし、したいとも思わない。

出会いとか誘いが全くなかったわけでもないけれど、とてもそんな気にはなれず断った。

まだ32歳だというのに、女としては見事に枯れているなと自分でも思う。


両親から再婚する気はないのかとか、一生一人でいるつもりなのかとうるさく聞かれるのが煩わしくて、最近は実家から足が遠のいている。

兄と妹はそれぞれ結婚して円満な家庭を築いているし、両親にとっては待望の孫も生まれたのだから、私が無理に再婚しなくても何ら問題ないだろう。

同じ過ちを繰り返してまた心に深い傷を負うくらいなら、一生一人でいた方が気が楽だ。



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