むらさきひめ~死にたがりの貴方へ

しきせんぱい5

 想いを殺して、何時まで笑っていればいいんだろう。
 いっそ、何もかもさらけ出してしまおうか……あたしは、あなたが好きだって。でも、その後はどうなるんだろう。
 きっと、和秋が困るだけ。
 そうして、気まずくなる。今の関係さえ、壊れてしまうはず……

(そんなのは、絶対にイヤだ……!)

 ああ。
 なあんだ。
 そこまで考えて、思い当たる。
 結局、考えてるのは自分のことじゃないか。自分が嫌なだけ。和秋を困らせたくないなんて、聞こえのいい誤魔化しの言葉でしかない。
 多分、こういうのを自己欺瞞と言うのだろう。続くの、きっと自己嫌悪。

 ……アハハ。

 溜め息か、乾いた笑いか……その、どちらかわからなかったけれども。それが、唇から漏れそうになった瞬間。あたしは、目の前の角を曲って姿を見せる男子生徒に気が付いた。
 背の高い二枚目。見覚えのある顔。卓也先輩だった。

「こんにちは、藤代君」

 向こうが気が付いて、声をかけてくる。あたしも挨拶を返す。

「あ、卓也先輩――」

 ちょうど彼に続いて、人影が視界に入ってくる。女生徒のセーラー服に、当然のように、

「――真姫先輩」

 そう思って、言葉にして。
 
「え?」
 
 その予想は、裏切られた。
 
       ◇
 
 部室に入る。

「あ、おはよう」

 台本に目を通していた先輩が、顔を上げて微笑みかけてくる。そこにいた『真姫』先輩が。そう、今あたしの目の前にいるのは真姫先輩だった。
 さっき、卓也先輩と一緒にいたのは『翔子先輩』だった。
 その事実が、あたしには面白くない。

「……どうしたの?」

 あたしの不機嫌に気が付いたのか、真姫先輩は小首を傾げた。

「真姫先輩……」

 あたしは、続ける言葉を探す。

「卓也先輩は?」

「ん? 途中ですれ違わなかった?」

「……はい」

 少し迷ってから、その先を続ける。

「翔子先輩と……一緒でした」

「ああ、うん」

 真姫先輩は小さく頷いた。

「機材の貸し出しのことで、生徒会室に……」

「それで、いいんですか……!」

 あたしは思わず、声を荒げていた。平然と返してくる真姫先輩に苛立ってしまったからだ。

「あゆかちゃん?」

 目を白黒させる真姫先輩に、あたしは言う。多分、責めるような口調で。きっと、見当違いな感情をぶつけてしまう。

「先輩は、卓也先輩と付き合っているんでしょう?」

「うん、そうだけど?」

「それが……このところ、ずっと卓也先輩は翔子先輩と一緒じゃないですか?」

 ――それで、本当にいいんですか?
 自分の好きな人が、他の誰かと一緒にいて。それで、全然まったく何とも思わないんですか?

「それは、仕方ないよ」

 真姫先輩は静かに言う。

「わたしは、そんなに顔が広くないから。そういうことは、翔子ちゃんの方が向いてるし。卓也は部長だもの」

「…………!」

 確かに、理屈としては当然だと思う。
 充分すぎるくらい、筋が通っている。
 控えめで、遠慮がちな真姫先輩。明るく社交的な翔子先輩。人手の足りない演劇部が、外に助けを求める。どちらが、そういった役割に向いているかなんて言うまでもないこと。
 だけど、そんな理屈だけで納得なんてできるの? あたしは……あたしだったら、きっと無理だ。

 だって、あたしがいる場所でも、和秋が真姫先輩と一緒にいるのは嫌なのに。少しでも仲良くしているみたいだと……心がもやもやしてしまうのに。
 それとも、それはあたしの心が狭いからだけ?
 あたしは先輩と違って嫉妬深いから……そんな風に思ってしまう? 先輩は、違うから。あたしなんかとは違って優しいから! だから、そうやって微笑んでいられるんですか?

「その……ごめんね」

 あたしは、どんな顔をしていたのか。先輩が椅子から立ち上がって、近付いてくる。心配そうに声をかけてくる。きっと、先輩にそんな声をさせる顔はしていたんだと思う。

「わたしのこと、心配してくれているのね」

 ――違う! 
 違います。そうじゃない! そんな、きれいなものじゃないんです。ただ、自分勝手なだけ。自分自身が、イライラしてしまっているだけ……!
 あたしは、そう叫びたかったのかもしれない。
 けれど、心の中にむなしく響くだけ。言葉にならなくて、空回るだけ。

 だから、結局。
 あたしは何も言えないままで、うつむいてしまう。
 先輩の細い指先が、そっと髪に触れる。そうして、静かにあたしの頭を撫でてくる。 
 あたしよりも少し低い先輩が、あたしをあやすみたいに――

「ありがとう……あゆかちゃん」

 見当違いな感謝の言葉が、突き刺さって痛かった。

 
 先輩は。
 先輩は、本当に。

 
 優しくて、きれいで、可愛くて……ほんと、かなわない。
 
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