鬼上司は秘密の恋人!?
 

「あ? んだよ、こいつが新入り?」

乱暴な口調でそう言って、長い指先が一枚の紙を持ち上げる。そこに書いてある私の経歴をちらりと見た男は、不満そうに顔を歪めた。

歳は私よりもけっこう上。たぶん三十歳前半くらい。意志の強そうな切れ長の瞳に、高い鼻梁。不機嫌そうに引き結んだ唇は少し薄く、でも男らしい印象だ。少しクセのある黒い前髪からのぞく横顔は十分整っていて、黙っていれば思わず目を奪われるほどの男前だと思う。

あくまで、黙っていればの話だけど。

「うちに来る前に何回も職を変えてんのかよ。ひとつの仕事が続かねぇ根性ねぇやつに、うちの編集部でやっていけると思えないんだけど?」

手に持った私の履歴書から、こちらへと視線が流れてくる。
目の前に立つ私を値踏みするような遠慮のない視線に、思わず緊張してみじろいだ。

「まぁまぁ、石月くん。そんな怖い顔して威嚇しないの」

私の隣に立つふっくら柔らかな福の神みたいな風貌の野辺編集長が、おっとりした口調でたしなめる。

穏やかで優しそうな五十代の野辺さんが、今日から私が働くことになったこの編集部の編集長だ。この出版社の面接を受け、採用の知らせをもらったときは、野辺さんみたいな優しい編集長のいる職場で働けるなんて嬉しいと思っていたのに、まさかこんな怖そうな上司がいるとは……。

そんなことを考える私を、鋭い視線が睨めるように見る。


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