鬼上司は秘密の恋人!?
 
そして、長尾さんが用意してくれたアパートはすぐに引き払い、私と祐一は石月さんの家へと戻った。
幼稚園も、通いなれた元の場所に戻れて、祐一は大喜びだ。

「いってきまーす」

朝、幼稚園へ向かおうと玄関の引き戸を開けると、庭にいたスズメが数羽、一斉に飛び立った。
パタパタという羽音を聞きながら顔を上げると、ふっくらとした冬毛のスズメが塀の上から首を傾げてこちらを見ていた。

「暖かくなったらお庭を手入れして、鳥の餌台を作ってあげたいね」
「うん!」

私の提案に、祐一は顔を輝かせてぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「はるになったら、おにわに、だいこんもうえようねー!」
「調べたら、大根は秋に種まきするみたいだよ。冬にとれるお野菜だから」
「そんなぁ……!」

私がそう言うと、祐一はショックだったらしく、小さな手足をぴんと伸ばし、直立不動で固まった。
そんな祐一の頭上で、ぷっと吹き出す声がして、ふたりで見上げるとまだ部屋着姿の石月さん。
家の前で話す私達の声が聞こえたんだろう。玄関の引き戸を少し開け、壁によりかかるようにしてこちらを見ていた。

「じゃあ、来年の秋に植えればいいだろ。ずっとここにいるんだから」

当然のようにそう言われ、私と祐一は顔を見合わせて笑った。
そのぶっきらぼうな口調に、来年の春も夏も秋も冬もずっとここにいろと言ってもらえたみたいで、嬉しくなる。私達の居場所はここだと、そう感じる。

「ほら、幼稚園遅刻するぞ」

玄関で立ち止まる私たちに、石月さんはそう言って早く行けと追い払う仕草をする。

「うん、いってきます!」

力強く頷いた祐一に呆れたように笑い、でも私達の姿が見えなくなるまで、玄関で見送ってくれた。

< 190 / 199 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop