二階堂桜子の美学
第十五話 誤解

 振り向くとそこには、ニヤニヤする美和と早百合が立っていた。
「桜子さん、人が悪いですよ。良いトコ独り占めなんて」
「えっ?」
「慰めに貰ってきてる椿を笑い者にしにきたんでしょ? 私たちもなじらせて貰いますよ」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「さあさあ、行きますよ。こういうのは当事者のいる前の方がいたぶり甲斐があって楽しいんですから」
 背中を押される形で店先に来ると椿と瑛太と目が合う。椿はあからさまに不機嫌そうな顔をし、瑛太は驚いた顔をする。
「あら椿さん、偶然ね。貴女もマカロンを買いに?」
 事情を知りつつ美和がせせら笑う。
「それとも、お金に物を言わせて店員さんでも買いにきたのかしら?」
 美和の言葉に早百合もクスクス笑う。椿は何も言わずじっと三人を睨み付けている。
「三流の人間には三流のお相手がお似合いよ。ねえ、桜子さん」
 同意を求められ桜子も渋々頷く。
「弱い者同士、仲良く傷を舐め合うといいわ」
「やめて!」
 我慢の限界がきたのか椿は大声で言葉を返す。
「私の事は何とでも言っていい。けど、真田さんを悪く言うのは間違ってる。謝って」
「何を生意気な……」
「真田さんに謝れって言ってるのよ!」
 思わぬ反撃を受けて美和は完全に圧されている。そこへ事態を黙って見守っていた瑛太が裏口より現れた。
「いじめか。ダサいな。謝らなくていいから、ここには二度と来ないでくれるかな? そこの三人共」
 優しい言葉遣いをしているが、目つきが鋭く明らかに敵意を剥きだしにしてくる。
(瑛太君……)
「聞こえなかったか? 俺が怒る前に消えろって言ってんだよ?」
 今まで見たこともない瑛太の顔を見た途端、美和と早百合は慌てふためきながら走り去って行く。しかし、桜子だけは動けず、瑛太を見つめる。正確にはこの誤解を解きたい気持ちが足を止めさせていた。立ち尽くしていると、瑛太の方から側にやってくる。
「お前、身分が違うと下の者に何やってもいいと思ってんのか?」
(瑛太君、怖い……)
「桜子お嬢様? ふっ、お笑いぐさだな、何がお嬢様だ。お前も所詮は上の世界の人間だったんだな。一刻も早く俺の前から消えろカス」
 あまりの言葉でショックを受け黙っていると、間に椿が入ってくる。
「ちょっと、真田さん、それは言いすぎです。桜子さんにはたくさんお世話になったので……」
「椿ちゃん、許してあげるの?」
「許すもなにも、桜子さんは私の憧れなんです。私だけじゃない。全校生徒の憧れ。真田さんに失礼な事を言ったのは美和だし、私がのけ者にされるような行動を取っているのも今回の一因なんです。桜子さんを責めないで下さい」
 思わぬ椿からのフォローを貰い桜子は嬉しさで涙腺が緩む。反面、瑛太の方は明らかに不快感をあらわにしており、自分が嫌われていることを察する。
(瑛太君に嫌われてしまった。誤解とは言えショックだ……)
「まあ、椿ちゃんがそう言うなら強くは言わない。けど、付き合う相手は考えた方がいい。上流階級のお嬢様たちは総じて他人の心を理解できないヤツばかりだからな」
 じっと睨みつける瑛太を見て桜子は居た堪れなくなる。
「ご迷惑おかけしました。もうここには来ません。椿さんにも手を出しません。では失礼します」
 きびすを返すと足早に店を離れる。椿が声をかけそうになっていたがそれも振り切り歩く。今にも溢れ出そうな涙を我慢しつつ、桜子は賑わう原宿の街を後にした――――

――帰宅すると、何事もなかったかの様にピアノのレッスンをこなし明日の予習を始める。スポーツのみならず勉強においてもトップの座は譲れず、それにつき努力は怠らない。勘違いしている者がほとんどだが桜子は決して天才ではなく、今の獲得された地位は努力の結果であり才能ではない。
 才能と評するならば、それは生まれ持った容姿と努力し続けられる才能と言えた。抜かりなくペンを走らせていると、ドアがノックされる。二階堂邸には家族以外の女中が十人程住み込みで働いており、時間的に夕食の呼び出しと判断する。
「少ししたら頂きに参ります」
「桜子、私よ」
 女中と思い返事をしたが、それが姉の綾乃だと知り緊張感が走る。
「失礼しました。お部屋へどうぞ」
 桜子の誘いを受けて綾乃は室内に入ってくる。今年で二十六歳となる綾乃だが、日々の努力や手入れの結果か容姿だけでは二十歳前後にしか見えない。
 今日もトレードマークである綺麗なストールが首に巻かれており、自然とそこに目がいく。長い留学から帰って以降、そのストールを外した姿を見たことはない。一度その理由について聞いてみたが、笑顔を向けられただけでスルーされた。
「お勉強中に悪いわね」
「いいえ。何かご用ですか?」
「ええ、他でもない、このことについて」
 そう言いながら目の前に出された瑛太の電話番号付きミルキィポイントカードを見て、桜子の心臓は動揺を隠せず大きく高鳴った。
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