二階堂桜子の美学
第十七話 宣戦布告

(なんで上杉君が瑛太君の名前を? 椿さんが話すとは思えない。ならば美和さんか早百合さんが? いや、仮にマカロン屋の店員が真田瑛太と聞いても、私の気持ちまでは推し量るまでには至らない。私と瑛太君の繋がりを知っているのは綾乃だけだし……)
 綾乃の顔を浮かびハッとする。
「上杉君、私の姉と話したのね?」
「凄い推理力だね。そうだよ、昨夜あったパーティーで偶然ご一緒になってね。いろいろ聞いたんだ。お姉さんは僕らの付き合いに大賛成してくれたんだけどな」
(それはそうよ。上杉財閥と親類になれば二階堂財閥も安泰だし。政略結婚以外の何ものでもない。アイツが喜びそうな話だ)
「悪いけど、姉にどう言われようと上杉君とは付き合わない。真田さんについても同意見。もういいかしら?」
「諦めない、って言ったらどうする?」
 真剣な表情の龍英を見て少々戸惑う。
「どうもしないわ。勝手にすればいいと思う。私はきっと振り向かない」
「もし、振り向かせることができたら付き合ってくれるんだね?」
「振り向かないわ」
「振り向かせる」
 桜子の強気なセリフを聞いても龍英は平気で言い返す。微動だにせず睨んでいると予鈴が校内に鳴り響く。
「どいてくれる? 授業始まるわ」
「どうぞ、桜子お嬢様」
 右手を通路側に広げ丁寧なしぐさで道を開ける。綾乃と似たべっとりした視線を感じながら、桜子は警戒した面持ちのまま教室へと向う。
 教室に入るとクラスメイト全員から視線を浴びるが、涼しい顔をして着席する。龍英を狙っている美和や早百合は気が気でない顔をしており、早めに事の顛末を説明せねばと感じた。
 そこへ龍英も戻ってきて再度クラスメイトから注視される。その視線に気がついた龍英は教壇の前に立つとおもむろに口を開く。
「みんな聞いて欲しい。僕は二階堂桜子さんが好きだ。そして、必ず口説き落とすつもりだ」
 突然の告白にクラスの全生徒が沸き立つ。
(こ、こいつ、一体なんのつもり!?)
 桜子も龍英の発言に心底驚く。
「知っての通り、僕は上杉財閥の御曹司。桜子さんと付き合うに相応しい家柄だと自負している。だから、他の男子生徒諸君、桜子さんを狙っている者がいるならどうか諦めて欲しい。そして、僕との玉の輿を狙っている女子生徒諸君も無駄なので僕を誘惑しないで欲しい。もし、僕の邪魔をする者がいたら上杉家を敵に回す覚悟があると判断し、男女問わず全力で親族子孫まで叩き潰す」
 脅迫としか取れない龍英のセリフにクラスは静まり返った。そこへ担任の浩市が欠伸をしながら現れる。普段ボーっとしているが、今日はさすがにおかしな雰囲気を察したのか龍英に近づく。
「ああん? どうした? 今日は妙に静かだな。上杉、なんで教壇に立ってるんだ?」
「先生、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「この学校の理事の多くが上杉家と縁ある者だとご存知ですか?」
「いや、俺はそういうことには疎くてな。それがどうかしたのか?」
「いえ、ご存知かどうか知りたかっただけです」
 龍英はそう言うと教壇を降り自分の席に座る。
(つまり、自分に逆らったら学校にも居られなくなると暗に言いたいわけね。綾乃と同じタイプ。反吐が出るわ)
 桜子は鋭い目つきで睨みつけるが、他の生徒は全員青い顔をしており、龍英による実質的な支配が成功したことを表していた――――


――放課後、龍英の舐めるような視線を無視して教室を後にする。駅に向って歩いていると、ちょうど目の前には椿が歩いている。朝の龍英事件により、桜子に近づく者は完全にいなくなり、美和や早百合までもが龍英の報復を恐れ避けていた。
(椿さんに話し掛けても避けられる可能性が高いけど、瑛太君との件も気にかかるし。ここは思い切って話し掛けてみよう)
 背後から駆け寄ると、椿の名前を呼ぶ。
「椿さん」
 呼ばれた椿は緊張しながら振り向く。
「桜子さん」
「駅までご一緒しない?」
 桜子の問い掛けに椿は黙りこむ。
(やっぱり上杉君のことが怖いのかしら)
「上杉君のことが怖いのなら無理にとは言わないわ」
「いえ、上杉君のことは特に。ただ……」
「ただ?」
「真田さんとのことがあって、ちょっと……」
(あの後、瑛太君と何か話したんだわ。何を話したんだろ)
「私のことで何か困ったことでもあった?」
「えっと、お二人が幼少の頃のお知り合いで、真田さんが二階堂家に仕えていたと聞きました」
「そう、やっぱり」
「それは別にいいんです。二人がお知り合いでも問題はないので。ただ、そのことを隠していた桜子さんには不信感を持ってます」
「随分はっきり言うのね。でも、事実だから反論しないわ」
「なんで黙ってたんですか?」
「特に話す理由も無かったから。それに、真田さんも元従者だったなんて言われたくなかったでしょうし」
「本当にそれだけですか?」
「どういう意味?」
「ひょっとして、桜子さん、真田さんを好きなんじゃないんですか?」
 一日で二度も同じ問い掛けをされ桜子は動揺してしまう。
(なんで椿さんまで私のことを? まさか、また綾乃が絡んでる?)
「どうしてそう思うの?」
「女の勘です」
「そう、女の勘は侮れないと、よく言うものね」
「お認めになるんですか?」
「まさか、その勘は外れてるわ」
「本当ですね?」
(なんだろうこの目つき。もの凄く敵愾心が伝わってくる)
 椿の迫力に気圧されそうになるが、どうにか踏ん張る。
「本当よ」
「なら問題ないですね」
「何が?」
「私と真田さんがお付き合いしても、です。と言うより実はもう付き合ってます」
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