モカマタリ 前編
不思議に思っていると、彼は言葉を続けた。


「店の食べ物にとやかく言うつもりはありません。ある程度の栄養があり、体を維持できればそれでいい。しかし、そのコーヒーに私はどうしても我慢出来ない」

「はぁ……?」


彼はそこまで言うと私に背を向け、窓際にある棚の中を物色し始めた。途中背中越しに、呆然と立っている私をソファーへ座るよう促してくれた。


言われた通り、ふかふかのソファーに座って待った。


すると彼は、棚の中から取り出したコーヒー豆やドリップポットなどを一式、目の前のテーブルに置く。そして今度は黙々とコーヒーを入れ始めた。


その間は、一度だって私には話しかけてこなかった。


丁寧に豆を挽き几帳面そうにそれをサーバーにセットし、お湯を注いで蒸らす。するとすぐに部屋中にコーヒーの香りが満たされてゆく。


蒸らした後はゆっくりゆっくりと、お湯を注いで褐色のコーヒーを抽出していく。全ての時間がゆっくりと流れて行く、そんな錯覚を覚えた。


バカバカしいほど真面目にコーヒーを入れている、そんな彼の真剣な眼差しを私はただぼんやりと見ていた。




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