透き通る季節の中で
 山下くんは、私を海に連れて行ってくれた。

 どこまでも広がる青い海。
 誰もいない静かな浜辺。
 海の家もなく、車の音も聞こえない。
 私の耳に聞こえてくるのは、白い浜辺に打ち寄せる静かな波の音だけ。
 吸い込まれそうな青空が広がっている。
 初秋の優しい日差しが眩しい。

「天気が良くて良かったですね」

「はい、良かったです」

 山下くんと私は、浜辺に腰を降ろした。

「僕は、こうして海を眺めるのが好きなんです」

「そうなんですか」

 山下くんは、多くは語らず、なんとも言えない穏やかな表情で海を眺めている。

 私も無言のまま、綺麗な海を眺めた。
 
 沈黙は嫌いじゃない。



「人は、変われるんですね」
 山下くんが静かな声でつぶやいた。

 人は変われる。

 とても意味のある言葉だと私は思った。

 病弱だった、山下くんが言ったからこそ。

「長距離部に入って、本当に良かったです」
 山下くんは、それ以上、何も語らず、再び沈黙の時間が続いた。

 浜辺に打ち寄せる波の音が、とても心地よく聞こえる。



「あの……」
 山下くんが静かに口を開いた。

 顔が私の方に向いている。

「はい、何でしょうか」
 私は山下くんの顔を見つめた。

 心なしか、顔が赤くなっているように見える。

「あの、佐藤さんは、好きな人はいるんですか?」
 山下くんが震えた声で尋ねてきた。

 さっきより、顔が赤くなっているように見える。

 私は山下くんの顔から視線を反らし、どう答えようか考えた。



 私は……。私は……。私は……。



 自分に正直になれ。



「いますよ」

「……いるんですね。よかったら、教えてもらえませんか?」

「はい。私の好きな人は、山下くんです」

「…………そ、そうなんですか」
「はい。そうですよ」

「どうもありがとうございます!」
 とても嬉しそうに言った山下くんは、ゆっくりと立ち上がり、体育座りをしている私に向かって頭を下げた。

 私もゆっくりと立ち上がり、恥ずかしそうにしている山下くんに向かって頭を下げた。



「こんな私でよければ、よろしくお願いします」



 この日から、亮太と咲樹と呼び合うようになった。
 
 
 
 喜びは、突然やってくる。
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